稲作農業は劣後産業であり、放置すれば衰退するので、食の安全確保が脅かされる。
「食の安全保障」は、「国の安全保障」、「社会保障」と並ぶ、国の重要政策の一つであるとの認識が必要であり、また市場メカニズムに委ねられない分野でもある。
すべての産業において、経済発展段階の初期には、生産設備の大規模化、大量生産、省力化、低価格品の大量販売を行う過程、いわゆる生産革命の効果は大きく、当該産業の生産性向上に大きく寄与するが、我が国のように経済が成熟した段階では、生産革命の効果は極めて小さい。したがって、製品の機能、品質等の向上により、大幅な高価格化を行う過程、いわゆる製品革命の可能性が期待薄の産業は、低人件費国からの輸入、国内優位産業への労働力移動により、劣後産業として衰退していく。言うまでもないが、これは1つの経済原則である。
わが国の稲作農業は、八郎潟の干拓事業による大潟村で大々的な生産革命に挑戦したが、コメ余りなどもあって、時期遅くそのまま機会を逸した。また、産業の特殊性から、生産革命にそぐわない面のあることも大潟村の例から検証されている。(参考文献1)
一方、生産品(コメ)の質、機能等を高度化してその価格を上げることが難しい、いわゆる製品革命の期待が小さい劣後産業でもある。
注1:平成22年の農林水産統計によれば、コシヒカリ等のブランド米の価格は、標準米の2~3割高であるが、全コメ生産量の約7割を占め、すでに標準米化している。
注2:稲作以外の農業は、2次・6次産業化などにより、製品革命が可能な産業分野であり、成長の可能性は十分期待できる。
生産性という観点からすると、主食の原料を大量に生産する農業は、上述したように、いずれの先進国においても劣後産業である。「食の安全保障」のためには、農業に対して何らかの保護政策を執ることによって、存続に努めるのが世界の趨勢である。
農産品の大量輸出国であるアメリカも、ブッシュ大統領の次の発言がそれを裏付けている。
「It’s a national security interests to be self-sufficient in food. It’s a luxury that you’ve always taken for granted here in this country. Can you imagine a country that was unable to grow enough food to feed the people? It would be a nation that would be subject to international pressure. It would be a nation at risk.」
「食糧自給は、国家安全保障の問題だ。この国ではそれがいつも保障されているから有難い。食糧自給できない国を想像できるか?それは国際的圧力と危険にさらされている国だ。」
少し旧聞ではあるが、その考え方は基本的に変わらず、アメリカでは国が農業所得に対して、小麦:62.4%、トウモロコシ:44.1%、大豆:47.9%、コメ:58.2%の財政負担(直接支払)をしている。(参考文献2)
アメリカは、「食の安全保障」という名目で国が支援を行い、余剰農産品を外国に押し付けているのである。
フランス、イギリス、スイスなど多くのヨーロッパの国々でも、農業所得の90%以上が財政負担で賄われている。(参考文献2)
農業の過保護が糾弾される日本の場合、農業所得に対する直接支払い(財政負担)の割合は平均15.6%でしかない。(参考文献2)
翻ってわが国の今後を見据えると、稲作農業を行う全農家の約6割を占める1ha以下の農家は、減反政策を廃止して何ら顧慮を払わなければ自然消滅せざるを得ない。また、アベノミクスが目論む、規制緩和、大規模化、法人企業の参入による成長期待は、事業のリスクが高いために参入する企業が少なく、何らかの支援策が無ければ実現困難であると見るのが妥当である。
今こそコメ余り現象にあるわが国も、小規模農家の消滅、大規模化による稲作農業のテコ入れが不可能となると、遅からず、主食において「食の安全保障」という大きな課題に直面することになる。栄養自給率の低さを顧みるケースこそあるが、コメ不足問題については全く鈍感なことを喚起しておきたい。
2.「食の安全保障」と「地方創生」の繋がり
地方の創生に関して、IT、ロボット等々先進的技術の起業、創業、会社機能の一部移転の促進などが検討されている。もちろんそれは可とするが、地方の創生は農村の再生と同義語であることを先ず考えるべきである。「食の安全保障」と併せて考え、稲作農業を活性化させるための政策こそ喫緊の課題なのである。稲作農業を活性化させるには、他の先進国と同様、継続的な国の資金的支援が不可欠である。
必要な資金は、以下の2種類に分けられる。
* 小規模生産者の軟着陸支援、農地整備・単位圃場の大規模化、
この費用は、アベノミクス「農地集積バンク構想」ですでに推計されている筈で
ある。
* 継続的な「食の安全保障」費
この費用の概数を推測するとき、格好のモデルがある。それは、先にも例に挙げた秋田県の大潟村である。「地方消滅」増田寛也編著にも「地域が活きる6モデル」の1つとして取り上げられているので尚よい。
大潟村は、稲作農業において現在政府が目指している生産革命をすでに実行した地域であり、また、稲以外にも多様な農産物を生産し、これらは販売先と年間販売契約をしているので、これらによって非常に安定した収入を得ている。経営管理もしっかりしており、6モデルの1つになったのも“むべ”なるかなである。
しかし一方、当初コメ増産のために企画された水稲単作経営であったにも関わらず、米あまりのため田畑複合経営に転換させられるなど、国との複雑な関係にあったため、この複雑な経緯の相殺のため、農業所得の4割近い多額な交付金を受けている。
重要なことは、このような交付金を受ければ、上記のような「理想6モデル」に入れることであり、一方交付金を受けなければ、日本の優良農業経営体でも、サラリーマンの年収に及ばないことである。(参考文献1、3)
今やるべきことは、アベノミクスに基づいて小規模兼業農家の軟着陸を支援し、農場の大規模整備を行って、法人企業よし、個人経営よし、全国に多数の第二、第三の新大潟村を作ることである。これらの新大潟村に農業所得の4割以上の交付金を提供すれば、全国に「消滅しない」、むしろ増田レポートで「理想モデル」と称された地域が多数出現することになる。
問題は交付金の総額がいくらになるかであろう。その概数を、大潟村に設定したモデル経営体から推計する。
先ず、将来の人口1億人を想定したとき、現在のコメ消費量「年平均50kg/人」から、500万トンのコメが必要となる。
大潟村に設定したモデル経営体は、年生産量110トンで、650万円の制度交付金を受けているので、500万トン生産するためには、単純比例計算で約3千億円の交付金が必要となる。この額は、現在農業者に年間直接支払う金額1兆418億円(注)に比べれば3分の1以下である。 (参考文献4)
注:大潟村の設定モデルは、大手経営体(25ha以上3戸、15ha7戸)計10戸の平均値を用いた。
新大潟村を設定した後、いかなる名目で交付金を支払うか。方法は以下に示すように多様である。
* 稲作経営体と国が売買契約を締結し、一定の所得を保障する
* 地方再生奨励金等の名目で農業所得に対して、一定割合の交付金を出す
* 農業経営体を独立法人として、稲作農業従事者を契約社員にする
* 自衛隊員の活動に、「地方再生支援」を加える
* ・・・
名称は国民が受け入れやすいものであれば何でもよい。いずれにしても、「食の安全保障」「地方の創生」が併せて必要なことを国民に納得させることが不可欠である。
以上のことを実現するには、言うまでもないが、従来行ってきたバラマキ的、弥縫的農業政策をやめて、「食の安全保障」「地方創生」の目的の下、抜本的、骨太の農業政策を策定することが必要である。
3.新大潟村を核にボランティア活動支援でさらなる発展を目指せ
上述の交付金額を増やせば、さらに新大潟村は豊かになる。また稲作農業は、繁忙期と農閑期があるので、農業従事者の時間には余裕がある。これを活用しない手はない。
ここからは推測の話になるが、アメリカの心理学者マズローは、その著作「欲望の5段階発展論」で、人間は経済的に豊かになると、自己実現の欲求が高まり、ボランティア活動等に資するようになるという。日本でも神戸・淡路島震災後、急速に参加者が増え、活動支援体制等も整備されて来ている。
稲作農業に関連する分野でも、棚田はボランティアに負う処が多く、結果として観光資源にもなっている。観光農園、オープン・ガーデン、庭園農業の学習・実体験教室等々を通じて観光業へ発展させてしまうのも一法である。また、農業の2次・6次産業化の基礎分野の学習、実体験を積ませて、事業化に資する若者を育成するなどなど、先ず農業をベースにしたボランティア活動に参加させ、事業の目を育むことが望ましいのではないか。国や自治体には、そのための支援体制作りが求められる。ゆめゆめ、稲作農業の生産性向上を求めることなかれである。
ボランティア活動については、その専門家に任せることが肝要である。極言すると、公共の行動規範は公正・公平、私企業は利益追求であるが、ボランティアには行動規範がない。しいて言えば、目的、計画、実績の明確化である。蛇足であるが、公共は金を出して、口を出さないことが必要である。むしろ、ボランティア活動が大きな役割を担うポスト資本主義とでも言うべき新しい社会体制を構築してもらいたい。
参考文献1:「稲作農業は成長産業か」吉田不二夫:日本シンクタンク・アカデミー会員
参考文献2:鈴木宣宏、木下順子著:「よくわかるTPP48のまちがい」農山漁村文化協会
参考文献3:八郎潟中央干拓地入植農家経営調査報告書(平成24年度):大潟村、大潟村農業協同組合
参考文献4:農林中金総研資料(2013.7.)