2014年10月11日

「食の安全保障」と「地方創生」は同一の課題として取り組むべき - 吉田不二夫

1.「食の安全保障」の必要性
稲作農業は劣後産業であり、放置すれば衰退するので、食の安全確保が脅かされる。
「食の安全保障」は、「国の安全保障」、「社会保障」と並ぶ、国の重要政策の一つであるとの認識が必要であり、また市場メカニズムに委ねられない分野でもある。

すべての産業において、経済発展段階の初期には、生産設備の大規模化、大量生産、省力化、低価格品の大量販売を行う過程、いわゆる生産革命の効果は大きく、当該産業の生産性向上に大きく寄与するが、我が国のように経済が成熟した段階では、生産革命の効果は極めて小さい。したがって、製品の機能、品質等の向上により、大幅な高価格化を行う過程、いわゆる製品革命の可能性が期待薄の産業は、低人件費国からの輸入、国内優位産業への労働力移動により、劣後産業として衰退していく。言うまでもないが、これは1つの経済原則である。
わが国の稲作農業は、八郎潟の干拓事業による大潟村で大々的な生産革命に挑戦したが、コメ余りなどもあって、時期遅くそのまま機会を逸した。また、産業の特殊性から、生産革命にそぐわない面のあることも大潟村の例から検証されている。(参考文献1)
 一方、生産品(コメ)の質、機能等を高度化してその価格を上げることが難しい、いわゆる製品革命の期待が小さい劣後産業でもある。
 注1:平成22年の農林水産統計によれば、コシヒカリ等のブランド米の価格は、標準米の2~3割高であるが、全コメ生産量の約7割を占め、すでに標準米化している。
 注2:稲作以外の農業は、2次・6次産業化などにより、製品革命が可能な産業分野であり、成長の可能性は十分期待できる。
 生産性という観点からすると、主食の原料を大量に生産する農業は、上述したように、いずれの先進国においても劣後産業である。「食の安全保障」のためには、農業に対して何らかの保護政策を執ることによって、存続に努めるのが世界の趨勢である。
 農産品の大量輸出国であるアメリカも、ブッシュ大統領の次の発言がそれを裏付けている。
 「It’s a national security interests to be self-sufficient in food. It’s a luxury that you’ve always taken for granted here in this country. Can you imagine a country that was unable to grow enough food to feed the people? It would be a nation that would be subject to international pressure. It would be a nation at risk.」
 「食糧自給は、国家安全保障の問題だ。この国ではそれがいつも保障されているから有難い。食糧自給できない国を想像できるか?それは国際的圧力と危険にさらされている国だ。」

 少し旧聞ではあるが、その考え方は基本的に変わらず、アメリカでは国が農業所得に対して、小麦:62.4%、トウモロコシ:44.1%、大豆:47.9%、コメ:58.2%の財政負担(直接支払)をしている。(参考文献2)
 アメリカは、「食の安全保障」という名目で国が支援を行い、余剰農産品を外国に押し付けているのである。
フランス、イギリス、スイスなど多くのヨーロッパの国々でも、農業所得の90%以上が財政負担で賄われている。(参考文献2)
農業の過保護が糾弾される日本の場合、農業所得に対する直接支払い(財政負担)の割合は平均15.6%でしかない。(参考文献2)
 
翻ってわが国の今後を見据えると、稲作農業を行う全農家の約6割を占める1ha以下の農家は、減反政策を廃止して何ら顧慮を払わなければ自然消滅せざるを得ない。また、アベノミクスが目論む、規制緩和、大規模化、法人企業の参入による成長期待は、事業のリスクが高いために参入する企業が少なく、何らかの支援策が無ければ実現困難であると見るのが妥当である。
今こそコメ余り現象にあるわが国も、小規模農家の消滅、大規模化による稲作農業のテコ入れが不可能となると、遅からず、主食において「食の安全保障」という大きな課題に直面することになる。栄養自給率の低さを顧みるケースこそあるが、コメ不足問題については全く鈍感なことを喚起しておきたい。

2.「食の安全保障」と「地方創生」の繋がり
 地方の創生に関して、IT、ロボット等々先進的技術の起業、創業、会社機能の一部移転の促進などが検討されている。もちろんそれは可とするが、地方の創生は農村の再生と同義語であることを先ず考えるべきである。「食の安全保障」と併せて考え、稲作農業を活性化させるための政策こそ喫緊の課題なのである。稲作農業を活性化させるには、他の先進国と同様、継続的な国の資金的支援が不可欠である。
 必要な資金は、以下の2種類に分けられる。
 * 小規模生産者の軟着陸支援、農地整備・単位圃場の大規模化、
この費用は、アベノミクス「農地集積バンク構想」ですでに推計されている筈で
ある。
  * 継続的な「食の安全保障」費
 この費用の概数を推測するとき、格好のモデルがある。それは、先にも例に挙げた秋田県の大潟村である。「地方消滅」増田寛也編著にも「地域が活きる6モデル」の1つとして取り上げられているので尚よい。
 

 大潟村は、稲作農業において現在政府が目指している生産革命をすでに実行した地域であり、また、稲以外にも多様な農産物を生産し、これらは販売先と年間販売契約をしているので、これらによって非常に安定した収入を得ている。経営管理もしっかりしており、6モデルの1つになったのも“むべ”なるかなである。
しかし一方、当初コメ増産のために企画された水稲単作経営であったにも関わらず、米あまりのため田畑複合経営に転換させられるなど、国との複雑な関係にあったため、この複雑な経緯の相殺のため、農業所得の4割近い多額な交付金を受けている。
重要なことは、このような交付金を受ければ、上記のような「理想6モデル」に入れることであり、一方交付金を受けなければ、日本の優良農業経営体でも、サラリーマンの年収に及ばないことである。(参考文献1、3)
 今やるべきことは、アベノミクスに基づいて小規模兼業農家の軟着陸を支援し、農場の大規模整備を行って、法人企業よし、個人経営よし、全国に多数の第二、第三の新大潟村を作ることである。これらの新大潟村に農業所得の4割以上の交付金を提供すれば、全国に「消滅しない」、むしろ増田レポートで「理想モデル」と称された地域が多数出現することになる。
 問題は交付金の総額がいくらになるかであろう。その概数を、大潟村に設定したモデル経営体から推計する。
 先ず、将来の人口1億人を想定したとき、現在のコメ消費量「年平均50kg/人」から、500万トンのコメが必要となる。
 大潟村に設定したモデル経営体は、年生産量110トンで、650万円の制度交付金を受けているので、500万トン生産するためには、単純比例計算で約3千億円の交付金が必要となる。この額は、現在農業者に年間直接支払う金額1兆418億円(注)に比べれば3分の1以下である。 (参考文献4)
 注:大潟村の設定モデルは、大手経営体(25ha以上3戸、15ha7戸)計10戸の平均値を用いた。
 
 新大潟村を設定した後、いかなる名目で交付金を支払うか。方法は以下に示すように多様である。
 * 稲作経営体と国が売買契約を締結し、一定の所得を保障する
 * 地方再生奨励金等の名目で農業所得に対して、一定割合の交付金を出す
 * 農業経営体を独立法人として、稲作農業従事者を契約社員にする
 * 自衛隊員の活動に、「地方再生支援」を加える
 * ・・・
 名称は国民が受け入れやすいものであれば何でもよい。いずれにしても、「食の安全保障」「地方の創生」が併せて必要なことを国民に納得させることが不可欠である。


 以上のことを実現するには、言うまでもないが、従来行ってきたバラマキ的、弥縫的農業政策をやめて、「食の安全保障」「地方創生」の目的の下、抜本的、骨太の農業政策を策定することが必要である。

 3.新大潟村を核にボランティア活動支援でさらなる発展を目指せ
 上述の交付金額を増やせば、さらに新大潟村は豊かになる。また稲作農業は、繁忙期と農閑期があるので、農業従事者の時間には余裕がある。これを活用しない手はない。

 ここからは推測の話になるが、アメリカの心理学者マズローは、その著作「欲望の5段階発展論」で、人間は経済的に豊かになると、自己実現の欲求が高まり、ボランティア活動等に資するようになるという。日本でも神戸・淡路島震災後、急速に参加者が増え、活動支援体制等も整備されて来ている。
 稲作農業に関連する分野でも、棚田はボランティアに負う処が多く、結果として観光資源にもなっている。観光農園、オープン・ガーデン、庭園農業の学習・実体験教室等々を通じて観光業へ発展させてしまうのも一法である。また、農業の2次・6次産業化の基礎分野の学習、実体験を積ませて、事業化に資する若者を育成するなどなど、先ず農業をベースにしたボランティア活動に参加させ、事業の目を育むことが望ましいのではないか。国や自治体には、そのための支援体制作りが求められる。ゆめゆめ、稲作農業の生産性向上を求めることなかれである。
 ボランティア活動については、その専門家に任せることが肝要である。極言すると、公共の行動規範は公正・公平、私企業は利益追求であるが、ボランティアには行動規範がない。しいて言えば、目的、計画、実績の明確化である。蛇足であるが、公共は金を出して、口を出さないことが必要である。むしろ、ボランティア活動が大きな役割を担うポスト資本主義とでも言うべき新しい社会体制を構築してもらいたい。
 
参考文献1:「稲作農業は成長産業か」吉田不二夫:日本シンクタンク・アカデミー会員
参考文献2:鈴木宣宏、木下順子著:「よくわかるTPP48のまちがい」農山漁村文化協会
参考文献3:八郎潟中央干拓地入植農家経営調査報告書(平成24年度):大潟村、大潟村農業協同組合
参考文献4:農林中金総研資料(2013.7.)


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2014年08月23日

提言  地方再生への「三本の矢」-地方財源改革、創業環境改革、ライフスタイル改革                 玉田 樹(野村総合研究所を経て現在は株式会社ふるさと回帰総合政策研究所代表取締役)

要旨
1.問題の本質と地方再生の視点
地方の再生が、およそ20年ぶりに国を挙げての課題となった。ことの本質は、毎年地方人口の0.2~0.3%が大都市に流れていく状態が続いており、このほとんどは、大学進学によるものであることである。地方の17歳人口の27%が自県以外の大学に進学し、卒業後もそのまま大都市に残留するのは20%に達することが続いている。
この地方の若者が、わが国牽引の役割を担っていることはいうまでもない。しかし問題は、地方の経済を牽引し子を生み育てる再生産パワーが、常に5分の4に割り引かれ続けている現実がある。20年たてば地方は確実に0.8掛けの状態になる。
とくに直近の20年は、これへの対応がほとんどなされてこなかったと言っていい。いま、人口の流出を止めるダム機能として地方の拠点都市整備の構想が上がり始めているが、これが有効に機能するか定かでない。1975年に地方に6つあった人口50万人以上の都市は、いまでは14にも増えている。にもかかわらず、若者人口の漏えいはダムをすり抜けて今日まで続いている。
ここは一丁、防衛ではなく反転攻勢をかける時である。地方が抱える問題の本質である2割の若者の逸失を、真正面から受け止め、それをカバーする政策が必要である。そのため、地方の出生率をより向上させ、子どもを生む再生産年齢人口をまともに増やし、結果として2割の減少をカバーする出生数をもたらす政策が必要となる。

2.地方再生への3つの提案
 地方の出生数の増加を図るために、「地方財源改革」、「創業環境改革」、「ライフスタイル改革」の3つを提言する。

提言1.地方財源改革 ; 復元力のバネとして地方交付税の再設計
~出生数向上の競争社会づくり
 地方は、地方税が2割もディスカウントされ続けることを自らカバーする術をもっていない。地方交付税の基準財政需要額は、人口の減った「現在を評価」し地方の縮小を是認している。これでは地方は成り立たない。
 そこで、地方交付税 に“財源復元機能”をもたせる改革を行い、出生数を向上させることを提案する。具体的には2つある。
ひとつは、地方交付税に「出生率を評価」する機能をもたせることである。地方の合計特殊出生率(以下、出生率)の平均は1.47で、地方の現在51万人の出生数を2割上げるとすると、平均出生率を1.76まで上げる必要がある。
これを可能にするひとつの方策は、地方交付税に「出生率の評価」基準を持ち込み地方にチャレンジする機会を与えることである。これを行えば、より多くの地方交付税の交付を受けるために、政府による出生率向上策を乗り越えて、地方が独自にそれぞれ出生率の向上のために子育て助成や学費無償化などの工夫をし、出生率をめぐる競争環境が生まれることが期待される。
 いまひとつは、地方交付税に「逸失した子ども数の評価」を評価基準として持ち込むことである。誤解を恐れずに言えば、子どもたちが大学進学で大都市に出て行くことはやむを得ない。必要なことは、これによって減額された地方税と地方交付税をこの評価によって補てんし、この財源を使って地方が裁量をもって逸失した子ども数を回復する試みができるようにすることである。
 とくに、地方の再生産年齢人口の人口に占める比率は、1990年には12.9%、2000年には12.6%あったものが、2012年では11.0%と特にこの10年あまりで激減してしまった。長男・長女社会のもとで女子の4年制大学の進学率が1990年頃から急速に高まったため、地方の再生産力はボロボロになってしまったのだろう。もはや、地方は出生率の向上のみでは、成り立たたない。
 したがって、地方の再生産年齢人口を増やすことが、いまや急務である。「逸失した子ども数の評価」がなされれば、より多くの子どもを逸失した地方はより多くの財源を得て、それを域内女性の流出防止、さらには域外からの“呼び込み”の施策に活用して復元を図ることだろう。

提言2.創業環境改革 ; 再生産人口を呼び込むための起業誘致条例の設計
~地方での女性の起業家づくり
 政府は開業率10%を目標として、さまざまな起業支援策を実施している。しかし、地方にとって十分とはいいがたい側面が多い。
そこで、地方の再生産年齢人口の流出防止、さらには“呼び込み”に向けて、創業環境の改革を行うことを提案する。具体的には、地方それぞれが独自の裁量で行える恒常的な「起業誘致条例」を制度化すべきである。
リーマンショック1年後の2009年に、提案者が主宰する研究所が全国10万人にアンケートを行ったところ、男女年齢を問わず30%もの人が「田舎に行って働きたい」と答えた。“都会での雇用よりも田舎での生業づくり”の自立志向が増えている。この動きを具体的に支援して分かったことは、とくに6次産業分野では地方において起業者の4割近くが女性であり、起業に対する熱意と迫力は男性陣を圧倒するものがあるということである。
このような地方における6次産業を中心とした起業に対する盛り上がりを捉え、地方はそれぞれ「起業誘致条例」の制定を進め、恒常的支援策を用意すべきである。そのため、政府は企業誘致条例に対する企業立地促進法と同様な支援を行うべきである。また、地方の特産品の販売支援において、起業者の商品も対象に加えてテストマーケティングを行い商品開発の支援をすべきである。さらに付け加えるなら、起業者には数年間課税補足外の扱いをして、アンダーグランド経済が地域経済の活性化を生む下地をつくる覚悟で臨んでほしい。
また、規制強化や規制緩和を行って、起業の参入障壁を下げることも必要だ。農業組織の維持は地方で農産品流通業の起業を生まれにくくしている。同様に宅建業の仲介料率の一律規定は地方の空き家の市場化に不動産業が参加しにくくしている面がある。このような独禁法適用除外が地方での起業にとって大きな参入障壁となっており、その解除を急ぐべきである。一方、マイクロな起業にとってさまざまな設備に関する標準的な規制は事業推進にとって重荷になる。これの見直しも進めてほしい。
 これによって多くの起業家が生まれ、その4割は女性が占め、女性の雇用も生まれる。女性の活用は、何も管理職に限らない。社長でもいいのである。

提案3.ライフスタイル改革 ; 「兼業」と「二地域居住」のライフスタイル改革
~地方移住の新たな仕組みづくり
 しかし、落下傘のようにいきなり地域に移住し、すぐに起業することは至難の業のようである。起業するには地元の協力を必要とするからで、このためには移住して数年はかかるとみられる。この起業の“発起”と実際の“起業”との間のアイドルタイムを埋めるものとして、大都市に住みながら、時間がある時に田舎住まいをする「二地域居住」というライフスタイル改革を行うことを提案する。
 今般、経済産業省は、会社員が職に就いたまま起業を準備できるよう「兼業・副業」のガイドラインを年内にも作る。この仕組みと連動して二地域居住を推進し、田舎での起業の準備を後押しするのである。
10万人アンケートでは、今後、移住・定住したい人が6%、二地域居住したい人が13%存在することがわかっている。こうした人々の潜在意欲に火をつけ兼業という機会を捉えて二地域居住を推進し、結果として田舎での起業家を陸続と生むことを通して、地方が失い続けてきた2割にも上る再生力を復活させるのである。
 そのため、これまでのような“悠々自適”な田舎暮らしでなく、“田舎で働く”風景をもった二地域居住のライフスタイルの風土づくりを政府が率先して進めるべきである。企業や大学への働きかけも必要だ。さらに実践者や地域にインセンティブを与えるため、「第2住民票」の導入を検討すべきだ。実践者の交通費割引や家賃補助の証明に使うとともに、将来、これによって住民税が案分されることを期待する。
 二地域居住を受入れるための、空き家の市場化は急務である。地方の健全な1戸建て空き家は120万戸あるが、市場に出てくるのは数%にすぎない。不動産業界などと協力しながら、空き家管理の仕組み、安心して賃貸に出せる空き家を増やすための中間管理機構などの整備を早急に実施すべきである。

3.地方再生「三本の矢」の実現に向けて
二地域居住者がいずれ定住者になることが期待される。だが、問題は、子どもが成長して上の学校に行き始める頃になると、親は学資を稼ぐために都会に戻ってしまうケースが多い現実がある。
そのため、提案1「復元力のバネとして地方交付税の再設計」によって、地方が独自に学費の無償化など子育ての政策が打てる体制をもつことが必要である。また、農業だけでは稼げないため、提案2「再生産人口を呼び込むための起業誘致条例の設計」によって、より付加価値の高い6次産業の起業に定住者を誘導することが必要となる。
だから、3つの提案は三位一体であって、「地方再生・三本の矢」となってはじめて地方再生に力強いパワーが生まれる。

 安倍首相がメキシコのテオティワカン遺跡で願ったように、地方再生は、本提案にかぎらず、総力戦で臨まなければならない。平時ではなく非常時の鉄則、「出来ない理由探しをするな、どうすれば出来るかを考えよ」「逐次投入はやめよ」という姿勢で臨んでほしいと思う次第である。

提言の全文は下記URLよりご覧下さい。
http://www.npo-jtta.jp/information/information1409.pdf




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2014年08月13日

農業の2次・6次産業化と問題点 - 吉田不二夫

1. 序文
前回の調査報告書「稲作農業は成長産業か」において、規制緩和により大規模化を果た
しても、関税撤廃により低価格米が輸入されれば、その成長を期待することは不可能であるとの結論を得た。その概要は以下の通りである。
 昭和43年に入植を行った大潟村(八郎潟干拓地)は、平均農家の10倍近い農地を有し、国が現在目指している大規模化を既に果たしている。
 しかしその現状を見ると、国からの多大な交付金(事業所得の15%~20数%)を得ても、1人当たり所得はサラリーマン所得とほぼ同じ水準である。今後国が、法人企業等の参入を進めても、以下の理由により1人当たり生産性は、大きくは向上しない。
 1つは、「作期」が大規模化の最大の目的である省力化を阻害する。
 稲作のための耕作、田植え、刈り取り等の作業は、「作期」という適期があり、これを逃すと品質、収量等に悪影響が出る。これを逃さないためには、大型農機を用いるより、中型機を多く用い、操作者を増やした方がよい。
 2つ目は、農機の低稼働率が資本生産性の向上を阻むことである。農機の稼働率は、田植機、稲刈機等では最大でも3週間、1年52週の6%程度に過ぎない。
 また、コシヒカリ等の高付加価値米は、東南アジア等の富裕層に高価格で受け容れられているが、市場の大幅な拡大は望めない。また、日本企業のコシヒカリ現地生産が進むと、価格競争力で勝ち目がない。
 以上を総合すると、稲作農業は規制緩和が進まないから成長しないのではなく、規制緩和が完全に達成されてもその成長は期待できない。
 一方、農業の6次産業化、2次産業化には、成長の可能性がある。本論では、この2つに焦点を当てて、可能性と問題点を探ることにする。

2.農業の6次産業化
 農業の6次産業化とは、和食の世界的受容性の高まりを受けて、農家が農業(1次産業)、
加工(2次産業)、和食の提供(3次産業)のすべてに関わろうというものである。
 この6次産業化については、世界の羊毛紡績業界においてその例がある。
 嘗て日本の羊毛紡績業界は、産業としての行く末を見極めるため、イギリス、ドイ
ツ、フランス、イタリアの実態調査を行ったことがある。

 イギリスでは、羊毛紡績はすでに衰退期にあったし、ドイツも衰退の兆しが見えていた。
しかるに、フランス、イタリアではその兆候がない。何故かというのである。
 実態は、以下の通りであった。

 フランス、イタリアでは、超一流のファッションデザイナーを抱える企業(3次産業)
が、川上の糸の種類(羊毛、絹、木綿等)、糸を紡ぐ紡績、織布、染色、加工等すべてを最
終製品に合わせて企画、デザインし、作業を指示する。そのようにして完成されたファッシ
ョン製品から得られる高い付加価値を、川上企業に再配分する。その結果、フランス、イタ
リアでは、川上業者も高い利益を得て、産業としての衰退を免れた。それに反してイギリ
ス、ドイツ(ドイツは2次産業化までは行った)では、そのような6次産業化を行わなか
ったので、経済が成熟化する中で、劣位産業の羊毛産業は衰退の方向を辿った。

 フランス、イタリアの例は、川下が後方統合を行って全体の価値を高めたもので、換言す
れば川下がいわゆる川上のバリューチェーンを統合した成功例である。

 重要なことは、農業6次産業化の主体は、川下の和食を直接客に提供するサービス業
にあるとの認識を持つことである。その企画に沿って、高付加価値の和食が提供され、高い
付加価値が農家にも再配分されるとき、6次産業化は成功するであろう。川下企業と川中・
川上企業との間には、1次的、単発的取引だけの関係ではなく、特定のコーディネーターの
下に、契約関係に基づく一体化がなされていることが必要である。
 すなわち、農業が成長産業なのではなく、高級な和食産業が成長分野なのであり、6次産
業が成長分野なのである。
 周知のようにフランスでは、ファッションの世界だけではなく、食の世界でもフランス料理は中華料理と並んで著名である。残念ながら、フランス料理の世界で6次産業化が行われているか否かを知る情報は持ち合わせていないが、料理提供業者に対するミシュランの評価システムは、一つの下支えになっているものと思われる。
 このようなフランスの動きを見るとき、ファッション製品にしても、フランス料理にしても、国としての文化をパッケージ化して売りこんでいる様子があることに気が付く。

 ならば、和食の売り込みも、食の提供者である料亭等の調度品、調理器具、食器等々、また「茶の文化」なども含めて、あらゆる関連商品・サービスを日本文化のパッケージとして売り込む仕組み、方式が存在するのではないか。
 さらに敷衍すれば、和食、和風ファッション、遺跡、文化遺産、自然環境等々あらゆる日本文化を組み込んだ日本観光をコーディネートすべきではないか。

 フランスの観光客の年間導入数は国民の数(約6,400万人)より多い。日本は昨年1千万人を超えたところで、今年は2千万にしたいという。彼我の差は極めて大きい。
 問題は、誰が主導権をとってコーディネートするかにあり、最終的には、得られた付加価値を川上産業に如何に再配分するかにある。要は、川上産業から川下産業まで1つのパッケージ型産業になっていることが必要だと考える。

 さらにさらに敷衍すれば、今後の成長産業分野は、多くの産業・業種のパッケージ化によって達成される可能性が高い。換言すると、従来バリューチェーン内に無かった業種、産業をも取り込んで、むしろ新たなバリューチェーンを創出して、新成長産業を生み出す必要がある。これは、単なる劣後産業の救済ではなく、活性化でもある。

3.農業の2次産業化
 農業生産を工場で行う動きが加速している。農林水産省、経済産業省でも、植物工場と称し、次のように定義している。
 植物工場は、施設内で植物の生育環境(光、温度、湿度、二酸化炭素濃度、養分、水分等)を制御して、栽培を行う施設園芸の内、環境及び生育のモニタリングを基礎として、高度な環境制御と生育予測を行うことにより、野菜等の植物の周年・計画生産が可能な栽培施設であると。
 植物工場は、2009年に約50カ所であったものが、2012年には127カ所に増えている。
 農業技術と制御技術が融合したこのような農産物の生産過程は、最早1次産業とは言えず、その生産過程を見る限り2次産業である。
 農業が2次産業化することは、生産性の向上を可能にして成長産業たり得る1つの方向である。すなわち、以下に示す4点のメリットがあるからである。
① 気候変動の影響を受けない
② 病原菌防止、害虫駆除に農薬を使わない
③ 地域の気候に無関係
④ 養液栽培を行うので連作や短期間での養育が可能
現状を見ると、これらの露地栽培品に対するメリットを武器に、ほうれん草、レタス、ト
マト等々の生産物を、高額品はデパートに、また普及品はコンビニ、スーパー、加工業務用に納品し、それなりの成果を上げている。

 一方、長期的に見るといくつかの不安要因がある。
最大の課題は、初期投資が大きいこと。小規模で数千万円、平均規模で1億円以上、大規模化すればさらに大きくなる。事業での先行きが十分見通せない領域での初期投資の大きさは、参入者に体力を求める。

 次いでの不安要因は、事業そのものの成長性である。
 原則論を言うと、あらゆる産業について、日本のように経済が成熟した国において今後も経済成長が続くとすると、成長分野として残るためには、製品の機能、品質を向上させて価格を上げてもユーザーが受け入れてくれることが必要条件となる。低機能、低品質の普及品は、後発国の輸入品で賄われるからである。同様のことは、2次産業化した農業についても言える。
 さらに産業間の競争も考慮に入れねばならない。2次産業、3次産業を含めて、他業種間であっても、1人当たり生産性の低い業種は、長期的に見て他業種への労働力移動を考えねばならない。特に工場農業の現場は人手が多くかかっているので、省力化が大きな課題になる。
 このような状況を背景にして、多額な投資に見合った価格設定がユーザーに受け容れられるものになるだろうか。
 以上のことを前提とすると、採るべき方策は以下の3つに集約される。
① 6次産業化に組み込まれる。
② ブランド化して、国内、海外の富裕層をターゲットにする。
③ 2次産業の中で、パッケージ型産業になる。
① の6次産業化については、すでに述べたとおりである。
② については、さくらんぼ、いちご等の果物に高級ブランドで海外の富裕層に輸出している例があるようだが、今後さらに拡販を狙うなら、①、③型のパッケージ型産業の方向を志向すべきだと考える。
③ については、オランダの花卉が成功例としてあげられる。
オランダの花卉産業は、その生産額、輸出額において、狭い国土にもかかわらず、世界のトップクラスである。その現状と成功要因は、下記の報告書に詳細に記述されている。
*オランダ花き輸出戦略調査:農林水産省:平成21年3月
*オランダの花き産業レポート「プロモーションの仕組とその背景」
日本花き普及センター:本田繁:平成21年5月

 成功の要諦は、農業力(花卉栽培ノウハウ)、研究力、制御技術力、販促力、輸送力、流通ノウハウ等々あらゆる機能を統合化、パッケージ化しているところにある。その組織力が強い。

 日本の工場農業はまだ日が浅く、工業化したという段階に過ぎず、農業技術と制御技術が合体したところであり、栽培ノウハウ(例えば光線の角度で収穫期を制御するなど)を練磨することから出発して、パッケージ化された新しい産業の形を構築していくことが肝要である。

4.終わりに
 フランス、イタリアのファッション産業の例、オランダの花卉の例、いずれも生産から販売に至るあらゆる機能をパッケージ化(統合)して、高額な商品、サービスを提供している。
 顧みるに、日本のように経済がある程度成熟した国では、ある業種が大規模化して大型設備を導入し、省力化を図る中で、低価格製品の大量生産、大量販売を行うといった事業形態は、成り立たなくなっている。低価格の普及品の供給過程には、必ず何らかの形で人件費の安い後発国が関与しているからである。
 したがって今後、我が国のみが関与して提供する商品、サービスは、極論すれば、その品質(ブランド力も含めて)、機能を高めて、高い価格でも顧客から受け容れてもらえる事業しか成り立たなくなっているとの認識が必要である。そのような分野はいくらでもある。
  このことは、すべて人件費の高騰が背景にある。このような状況に対して、食の安全保障を必要とするコメのような分野では、国の補償が必要である。そのような分野は他にも多くあろう。また、国が豊かになると、ボランティアの参加が期待できる。我が国には棚田が多くあり、観光事業にも寄与しているが、多くはボランティアの参加で成り立っている。
 市場メカニズムに依存すべき部分とそうでない部分の識別が必要である。換言すれば、規制緩和と新たな規制が必要な分野がある。医療分野には特にこの視点が必要であるが、これについては別の機会に譲る。

アベノミクスには、以上の視点が欠如しているかに見える。
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