2016年07月09日

2016年7月 地方創生のための提言 人口移動の大逆流社会をつくる - (株)ふるさと総研 玉田 樹


地方創生のための提言
人口移動の大逆流社会をつくる
「兼業」による「二地域居住(兼居)」 の推進
~「同一労働同一賃金」の千歳一遇のチャンスを生かせ!~


目次
Ⅰ.本提言の意図
1.人口移動の大逆流の始まり
2.千歳一遇のチャンスをものにする
Ⅱ.大都市での働き方の変革をどう後押しするか
1.「同一労働同一賃金」に企業はどう向き合うのか
2.「同一労働同一賃金」は雇用制度の変革を引き起こす
3.雇用制度変革は「兼業」へと向かう
4.「兼業」社会をどう加速化させるか
5.「兼業都市」宣言の導入を図る
6.100万人単位の「二地域居住(兼居)」する兼業者の発生
Ⅲ.兼業者100万人単位の受け皿を地方でどう作るか
1.現役のノウハウを地方で活かすネットワークづくり
2.「ふるさと起業」の環境づくり
3.社内失業からの脱却のためのリトリートの場づくり
4.「兼業」と「雇用の調整の場」としての企業の農業参入の場づくり
5.「新型の企業(人)誘致」と「新しい企業(人)城下町」の形成へ
(「1市町村M企業」運動の展開)
Ⅳ.「兼業」を促進し「二地域居住」に向かわせるインセンティブ
1.「兼業」を生むインセンティブ
2.兼業者を地方に向かわせるインセンティブ
Ⅴ.“地方への新しいひとの流れをつくる” 再考

Ⅰ.本提言の意図
1.人口移動の大逆流の始まり
いま、大都市から地方への人口移動の大逆流が始まる千歳一遇のチャンスを迎えた。かつて地方から大都市への大量の人口流入があったが、それにも匹敵する大逆流が起ろうとしている。
思えば、わが国の一極集中といういびつな構造は、戦後に地方の農業生産性が飛躍的に高まったために農家の二男、三男坊が余剰になるという人口移動の“必要条件”が生まれ、一方、1951年の産業合理化法で特定産業の育成を開始し4大工業地帯の工業化の促進によってここに人口が集中するという“十分条件”が整うことによって成立した。
人口移動は、人口を送りだす側の“必要条件”と、それを受入れる側の“十分条件”が同時に成立することによって初めて起る。受入れる側の“十分条件”だけをいくら整えても人は移動しない。人が移動できるあるいは移動しなければならない環境としての“必要条件”があって初めて人の移動が起るものと考えられる。
この必要条件と十分条件があいまって、周知のように、1955年から毎年40万人、20年間で合計850万人が大都市に移動し、1975年に移動の終焉を迎えた。1955年当時の地方の人口は6千万人であったので、毎年0.7%、20年間で地方人口の14%が大都市に移動した。
しかし地方人口の大都市への流出は、1975年で完全に終焉したわけではない。残念ながらそれ以後今日に至るまで、滲み出すがごとく地方から大都市への人口の漏洩が続いている。現在でも年間に地方人口のおよそ0.2%~0.3%、数にして13~20万人に及ぶ人口が、大都市とりわけ東京圏に転出超過を続けているのである。加えて、地方の子どもたちは大学進学で20%は戻ってこない現実が続いている。
あれから40年。人口の移動について、地方が人を送りだす“必要条件”を持ち、大都市が人を引き付ける“十分条件”を持つという構造は一向に変化する兆しがみられなかった。
しかし、ここにきて人口の移動について、これまでとは逆に大都市が人を送りだす“必要条件”を持ち、一方、地方が人を引き付ける“十分条件”を持つ構造に逆転変化する可能性が芽生えてきた。
本提言は、これまでの地方⇒大都市という人口移動の構図から、大都市⇒地方という構図に逆転する可能性を検証し、それを具体化するための方策について提言するものである。

2.千歳一遇のチャンスをものにする
地方創生が遅々としている。
その最大の理由は、大都市から地方への移住が進んでいないことにある。要は、大都市の人々が地方に行く“必要条件”がみえないことである。だから、「ひと・まち・しごと創生基本方針2016」では、柱のひとつとして“地方への新しいひとの流れをつくる”と力んでみたところで、企業の地方拠点強化、政府関係機関の地方移転、生涯活躍のまち推進(CCRCのこと)ぐらいしか挙げることができない。いずれの施策も人口移動に関して地方の“十分条件”を整えることしか示されていないのである。
間違ってもらっては困るのは、地方創生は“総力戦”でやらないことには進まないのである。確かに女性の4年制大学の進学率が急速に高まったために、地方から大都市への人口移動には加速度がつき、すでに“手に負えない”感がなきにしもあらずであるが、ここでめげてはいけない。あらゆる可能性をもう一度再点検し、全力で臨んでほしい。
地方創生は、すぐれて大都市の問題である。地方がいくら大都市からの移住者の受入れに頑張ってみたところで、大都市から地方へ移住する“行動者”を生み出さなければ、ことは先に進みようがない。大都市サイドに、人口移動の“必要条件”を作りだすことに躊躇があってはならない。
大都市から地方へ移住する“行動者”を生み出すためには、何が必要なのか。筆者は2014年夏の「地方再生『三本の矢』」の提言の中で、三本目の矢として「ライフスタイルの変革」を提言した。その主旨は、地方を再生するためには大都市から地方への人の移動を活発化させる必要があり、そのためには主に大都市の人々の働き方や住まい方などのライフスタイルの変革が不可欠であると述べた。 http://www.furusatosouken.com/140823allow_3.pdf
そう、地方創生にとっていま最も必要なことは、大都市住民のライフスタイル変革に取り組み、そこから地方移住や地方への二地域居住・兼居の“行動者”を生み出すことだ。(二地域居住のことを筆者は地方“兼居”と呼んでいる。大都市に住まいをもち、地方にもう一軒の仮住まいの家をもつこと)
さて、この提言は、地方創生にとって千歳一遇のチャンスを見逃さず、地方移住や地方への二地域居住・兼居の“行動者”を生み出すためのまたとない機会をものにするためのものである。
その千歳一遇のチャンスとは、「同一労働同一賃金」の社会づくりが開始されたことである。

Ⅱ.大都市での働き方の変革をどう後押しするか
1.「同一労働同一賃金」に企業はどう向き合うのか
「同一労働同一賃金推進法」が昨年の秋に成立した。労働者の「職務=賃金」職務が同じなら賃金も同じにするために、雇用者の4割にものぼる非正規雇用について、正規と非正規の賃金格差の現状6割を少なくとも8割の水準まで引き上げるべくガイドラインを設けていく方向で検討が進められている。
これを受け、この6月1日の政府の方針はこぞって「働き方の改革」を打ち出した。「経済財政運営と改革の基本方針2016」で女性・高齢者の就業促進にあわせ非正規雇用労働者の待遇改善を謳い、「ニッポン一億総活躍プラン」では一億総活躍社会の実現に向けた横断的課題として働き方改革を示し、「まち・ひと・しごと創生基本方針2016」でも働き方改革が示されている。
とくに「ニッポン一億総活躍プラン」では、次のように述べられている。
「同一労働同一賃金の実現に向けて、・・躊躇なく法改正の準備を進める。どのような待遇差が合理的であるかまたは不合理であるかを事例等で示すガイドラインを策定する。できない理由はいくらでも挙げることができる。大切なことは、どうやったら実現できるかであり、ここに意識を集中する。非正規という言葉を無くす決意で臨む。・・待遇差の是正が円滑に行われるよう、・・司法判断の根拠規定の整備、事業者の説明義務の整備などを含め、・・関連法案を国会に提出する。」
非正規雇用の解消について、政府はどうやら不退転の決意で臨むようである。久方ぶりの意気込みが伝わってくる。
さて問題は、このことによって何が起るのか。企業の人件費総額が1割ほど上がるのである。単純な計算をすれば、企業人件費総額の水準は現在では0.84(=正規割合6割×賃金水準10割+非正規割合4割×賃金水準6割)にあるが、これが0.92(=上記の非正規の賃金水準8割)となって企業の人件費負担がおよそ1割(=0.92/0.84)高まる。非正規の賃金水準を正規並みにすれば、人件費総額は2割増えることになる。
企業は、これをそのまま甘受するのか。それで国際競争力を確保できるのか。ここで思い出されるのが、かつて65歳定年延長が行われた時、企業がどう振舞ったのかである。定年延長によって企業の人件費総額は約5%(=現役従業員数の1/8相当の従業員数に現役の4割水準給与が追加)上昇する事態があった。このとき、NTTは高齢者雇用の給与原資を確保するため、30歳代半ば以降の“賃下げ”を行ったのである。さらに子会社への転籍をしきりと行って給与総額を縮小する動きが盛んにみられた。
「同一労働同一賃金」に対して、企業はどう向き合うのかが問われている。

2.「同一労働同一賃金」は雇用制度の変革を引き起こす
若者“いじめ”の最たる非正規雇用を看過していては、結婚はおろか出生率が向上しないばかりか、この国のありようを捻じ曲げてしまう惧れがある。だから「同一労働同一賃金」はこうした事態をくいとめるため、政府は腰を据えて政府干渉的に取り組もうとしている。
これに対し、企業は、定年延長のときに比べてはるかに重い給与原資を用意しなければならないことになる。これを回避するために、企業は単に現役の給与を1~2割も下げることができるのか。また、子会社への転籍がそれほど機能するとも思えない。
では、企業は給与原資が大幅に上昇する事態に、どう振舞うのか。どう振舞うべきなのか。企業も「働き方」改革に向け動き出している。その多くは、働き方の効率を評価して長時間労働をなくすことや、女性の活躍、技術革新などに意が注がれているようだ(野村総合研究所「知的資産創造」2016年7月号“一億総活躍社会における雇用・働き方”)。しかし、「同一労働同一賃金」の動きに対しては、こうした改革だけでは済まないように思われる。定年延長時に、企業はその政府干渉的政策の意味を十分理解していなかったために、その制度を受け身で受け入れざるをえず、現役の賃下げに走ったのである。この轍は踏まないほうがいい。
非正規雇用がなくなり人件費が大幅にアップする事態に対し、「総人件費=従業員数×勤務時間×時間単価」であるとすれば、企業が取りうる選択肢は3つ想定される。
①従業員数や勤務時間をそのままにして賃下げをする
②ICTやロボットを導入して従業員数を減らす
③勤務時間を短縮して賃金の上昇を抑える
①の選択は避けたいところである。②はいずれ到来するとみられることで、「同一労働同一賃金」をきっかけにして一挙に進展すれば、わが国の生産性が向上するものの、失業率が大幅に増える。③は雇用は守りつつ勤務時間の調整によって人件費の上昇が抑えられるが、“雇用制度”の改革を必要とする。
選択肢はそれほど多くはないが、③の戦後長らく続いたわが国固有の“雇用制度”が変革できるチャンスかもしれない。
周知のように、終身雇用、年功制、退職金など日本型雇用システムは100年前の第一次世界大戦後の景気の急上昇期に、熟練労働に対する需要の増加にともなって高賃金による他社からの引き抜きの増加の対抗措置として導入したのがはじまりで、これが戦後の高度経済成長期にさらに規範化され強化された。若年人口の増加を背景に賃金の後払いのメリットを企業は享受できた。
しかし、企業を取り巻く環境は国際的なコスト競争の激化、少子・高齢化の進

展、年金会計の破たんなどが進むにおよんで、終身雇用はおろか雇用リストラが常態化し、リーマン・ショック後は“いつ首を切られるかわからない”状態となった。定年延長が行われ、一方逆に非正規雇用が大手を振って行われるまでになった。いわば、かつての雇用制度はすでに社会の変化に合わず“弥縫策”が続けられる状況に陥っている。
今後、2040年にかけて大都市圏は75歳以上が2倍、若者が減少するという超高齢社会を見越して、高齢者が健康である限りは労働力として社会に現れるように雇用制度を抜本的に改革する必要があるとまで言われるようになった。
では、「同一労働同一賃金」を受けて、企業はどのように雇用制度を改革していくのか。あるいは、いくべきか。政府干渉的政策「同一労働同一賃金」に対しては、人事制度の小手先の改良で済むとはとうてい思えない。抜本的な“雇用制度”の改革が問われる。
雇用制度改革にかかわる3つの選択肢をあげる。
ひとつは、東大の柳川範之教授が提唱する「40歳定年」である。(「日本成長戦略―40歳定年制」さくら社2013年) 長期の正規雇用と短期の非正規雇用の真ん中に、“中期”の正規雇用を設ける。人生三毛作、75歳まで働ける時代にあって、20歳すぎから同じ会社でバリバリ働き続けるのは難しい。“中期”の正規雇用として40歳になったら一度定年し、知識やスキルを再構築して再び同一会社に勤めるか、または再就職するか、あるいは副業をもって起業の準備をする、このような雇用制度に変革していく。
ふたつ目は、筆者、㈱ふるさと総研の玉田樹が提唱する「兼業」を導入する。(「兼業・兼居のすすめ」東洋経済新報社2005年) 例えば会社への貢献を7割にして給料も7割にする。これによって企業は非正規雇用の正規化の原資を捻出し、一方、従業員は3割の時間を使って副業収入を得るか、再就職の準備や起業の準備、介護や社会貢献をすることが目的だ。この中から地方兼居を行う人も出てくる。現役時代から起業する機会を得ることができるので、定年後にも生業をもって労働力に寄与できる。このような仕組みをもたないとこれからの超高齢化には対応できない。
三つ目は、経済評論家の高橋琢磨が提唱する「1.5稼ぎモデル」を導入する。(「21世紀の格差」WAVE書房2015年) 昔は夫のみが働く1.0稼ぎが一般的であったが、現在では夫婦共稼ぎの2.0稼ぎが多くなっている。しかしこれでは子育てなどがままならない。同一労働同一賃金にして1.5稼ぎモデルが一般的な社会をつくるべきだ。
「40歳定年」は、雇用期間はおよそ20年で、40歳になったら仕切り直すというものである。年限という勤務時間にかかわる雇用制度改革である。
「兼業」は、勤務日数を減らして、副業を可能とする雇用制度改革である。

「1.5稼ぎモデル」は、それを敷衍して筆者なりに“勤務時間が多様な働き方”モデルとして展開すれば、すべて同一賃金を前提として、標準タイプ(5日勤務×8時間=40時間;現在の正規雇用形態)、短日タイプ(4日勤務×10時間=40時間;ユニクロなど、介護・育児が可能な形態)、兼業タイプ(3日勤務×10時間=30時間;富士ゼロックスなど、副業もてる形態)、短時間タイプ(5日勤務×4時間=20時間;現在のパート形態)など、選択が多様な勤務形態がありうる。夫婦はこれらの多様な選択肢から1.5稼ぎになるように人生設計をする。
このように、「同一労働同一賃金」の導入は、企業がこれまでの雇用制度を「40歳定年」「兼業」「多様な勤務形態」などのいずれかの形に改革することを余儀なくし、総賃金を圧縮させることになるのではないかと考えられる。

























3.雇用制度変革は「兼業」へと向かう
地方創生は、すぐれて大都市の問題である。大都市の人々の働き方などのライフスタイルが変わらないかぎり、本当の地方創生はおぼつかない。地方への移住や二地域居住・兼居は、CCRCのように中・高齢者に頼るよりも、バリバリの現役世代を対象に実践してもらいたいからである。
「同一労働同一賃金」の加速化は、企業をして雇用制度改革へと導く。その答えは定かでないが、是非、「兼業」の仕組みが企業に導入されるよう導きたいと考える。「兼業」の考え方は、筆者が10年前に、“地方への兼居”を進めるうえで是非導入すべきこととして「“3割兼業”のすすめ」を提言した。
http://www.nri.com/jp/opinion/chitekishisan/2005/pdf/cs20050305.pdf
そして、今般、政府がその導入に力を入れ始めた。2014年5月の産業競争力会議で当時の茂木経産相が「起業者を増やすために“兼業・副業”の仕組みを持つよう企業へ働きかける」ことを開始した。
また、2016年3月の経済財政諮問会議で民間議員は「副業を希望するものは368万人と増えている。キャリアの複線化、能力・スキルを有する企業人材の活躍の場の拡大や、大企業人材の中小・地域企業での雇用促進などの観点から、積極的に兼業・副業を促進してはどうか」と提言した。
そして、2016年6月の「まち・ひと・しごと創生基本方針2016」ではローカルアベノミクスの実現の一環として地方のプロフェッショナル人材強化の観点から「都市部の大企業等と地域企業の間の、“兼業”促進も含めた多様な形での人事交流の活性化に向け、都市部の大企業等へのアプローチを強化する」ことが示された。
これは重要なことである。しかし、「兼業」はなにも地方へのプロフェッショナルな人材の移転を促すだけではない。地方創生にとってより大きな広い効用が期待できるものとして捉えることが必要だと思われる。
仮に企業が、40歳以上の従業員に3割兼業の雇用制度を導入したとしよう。従業員は平均して3割分、週3~4日程度の時間を自己裁量の時間に割り当てられるので、副業をもったり、自分のスキルに磨きをかけ企業内でのキャリアアップや転職の機会を窺うことも可能だ。さらには、その時間を使って起業の準備をする、子育てや親の介護にその時間を充てるかもしれない。
さらに重要なことは、地方での二地域居住・兼居が可能になることだ。田舎の空き家を借りて、地域企業のアドバイザーとなったり、農業を始めてみたり、田舎で生業(なりわい)としての起業の準備を行うのである。
地方創生本部は、まず「同一労働同一賃金」が実現するよう支援し、そして「兼業社会」が到来するよう何よりも力を注ぐべきと考える。そのことが、結局“地方への新しいひとの流れ”を加速化するのである。

4.「兼業」社会をどう加速化させるか
経済財政諮問会議に出された資料によれば、中小企業庁が2014年に4,513社に行った「兼業・副業に係る取組み実態調査」がある。これによれば、「兼業・副業を推進している」企業はゼロ、「兼業・副業を認める制度がある」企業は3.8%にすぎない。なんとも心もとないかぎりである。
だが、筆者が2015年、地方戦略づくりのお手伝いで兵庫県養父市の企業96社の経営者を対象にした「企業アンケート」によれば、「兼業を検討してみたい」が8.3%、「他の企業が実施するなら検討してみたい」が9.4%に上った。
この2つのアンケートの差から示唆されることのひとつは、「兼業」は企業のトップの判断に訴えかける必要があることだ。中小企業庁の調査はおそらく人事部が回答者で、養父市は経営者が回答者であったことにある。かつて2002年に日経新聞が主要企業106社の経営者にアンケートしたところ、「すでに社員の兼業を認めている」が6.6%もあり、「今後、検討する」が52.8%に上った。一方、同時期に行われた日経新聞の上場・非上場253社アンケートでは「ワークシェアリングを導入するつもりはない」が77%に上った。企業の人事部はおしなべて保守的なので、そこに訴求しても埒があかない。企業の将来を託された経営者をその気にさせることが早道であることである。こうした点で、「兼業」社会をつくるには、経済団体などに訴えかけることが必要かもしれない。
また、もうひとつ示唆されることは、「兼業」は各社が一斉に導入に至るようなタイミングを用意することが必要なことだ。いまから15年前、社長の主導で“40歳定年”の導入を試みたある企業では、「優秀な人材がいなくなる」という理由で見送られたことがある。「兼業」でも、1社だけ実施すれば同様にババを引くことになりかねかい。また、「兼業」は1社だけやると、平日の昼間にダンナが家にいる場合があるので、リストラされたのではないかと近所の目がうるさい。敵は本能寺にあり、背後にもいるのである。だから、各社同じ条件にして実施することが求められる。養父市の経営者が「他の企業が実施するなら検討してみたい」というのはおそらく本音に近いものがあると推察される。戦略的補完性、みんなで渡れば怖くない状況をいかに作り出せるかで勝負は決まる。
そのための第一歩は、各社の就業規則に存在する兼業の原則禁止規定を一斉になくすことである。司法の判断では、過度の疲労を蓄積しない程度で、同業でなく、イメージの低下につながらなければ副業をもつことは問題ないとされる。したがって、兼業禁止規定の排除について場合によっては法制化することも検討してほしい。
同時に、雇用保険などの制度的条件を整える。
そのうえで、兼業を実施する主要な企業を2桁の複数企業を押し立てる工作をする。リーダー企業に率先してもらうのである。すでに富士ゼロックスでは

2003年より「フレックス・ワーク制度」を導入し、社員の身分のままで兼業・自己啓発のための時間を確保でき独立のための準備が可能なようにした。副業は40%以内で1日単位の曜日または隔週で設定し、その分賃金をカットするというものである。またユニクロは介護や子育てによる離職を防ぐため、2015年より短日タイプの雇用制度を導入した。1日10時間労働の変形労働時間制を導入し、週4日勤務・週休3日とした。ロート製薬は2016年から社会貢献や自分を磨く働き方として週末や就業時間後に副業を認める制度を導入した。
このような事例は今後増えてくると思われる。まずは、こうした事例を増やしつつ、ある一群の企業集団を先進企業集団としてわが国全体を牽引するようにする。
また、わが国を代表する企業に「兼業」を取り入れてもらい、率先垂範してもらうのも手である。かつて“時短”社会を作った時にその例がある。エコノミックアニマルを返上するため、政府が“時短”の音頭をとったがなかなか進まなかった1992年、松下電器(現パナソニック)の人事部長が全国の事業所を回って説得にあたり、会社全体として“時短”の推進をいち早く開始した。その後、さまざまな企業が後に続いたのである。
政府は、「同一労働同一賃金」を進めるにあたり、企業が単に従業員数の削減や現役の賃下げ行ってアベノミクスに逆行しないよう誘導するとともに、その出口対策について選択肢を用意すべきである。その有力な出口として「兼業」があることを示し、新しい雇用制度をもって将来を切り開く努力をすべきと考える。

5.「兼業都市」宣言の導入を図る
「兼業」の実施について“みんなで渡れば怖くない”状況を作り出すために、経済団体に働きかけることのほかに、県や市町村など“地域”に働きかける方法がある。
かつて震災の復興ままならない神戸市で、経済再生に係る委員会が開かれた。そのとき筆者は「神戸“兼業都市”宣言」をしたらどうかと提案した。神戸は10大都市の中で起業発生率がきわめて低い状態が続いており、このままでは経済の活性化がおぼつかない。起業者が少ないのは、多くの人々が業績低迷にあえぐ重厚長大産業に丸抱えで雇用されたままなので、起業の自由度がきわめて低いことにあるとみられたからである。そこで、市内の企業全体に“兼業”の雇用制度を導入してもらい、副業の時間を使って起業の準備を促したらどうかというものであった。議論は大いに盛り上がり市もその気になったとみえたが、最後に委員長の「兼業とはいかがなものか」の一言でチョンとなった。
また、2014年秋に神奈川県の副知事を訪問して、地方創生はすぐれて大都市の問題である、是非、先進県である神奈川県の協力方を申し入れた。そのなかで「“兼業”県神奈川宣言」をしてほしい旨をお願いした。“地方への人の流れをつくる”観点からいえば、企業が「兼業」の人事制度を導入することは、地方再生の最も重要な肝である。兼業の時間を使って、地方への二地域居住を開始し地方での起業の準備が始まる可能性が高まるからである。国は、企業が「兼業・副業」の人事制度を取り入れるよう働きかけに着手したので、これに呼応し連携をとりながら、神奈川県でも県下の企業への働きかけを経済界などと一体となって行う。そして、県全体を兼業地域とすべく、「“兼業”県神奈川宣言」を県議会などで採択してもらい、県が推進役となって企業の兼業を推進していく。兼業の先にあるのは地方や神奈川県内地方部での二地域居住であり、起業の推進である。
こうした「“兼業”都市宣言」は残念ながら筆者の力不足で未だ陽の目をみていないが、地方創生本部は是非、地域単位での「兼業」導入の働きかけを行ってほしいと考える。
大都市がなかなか動かないのなら、地方都市からモデルをつくるのも一案だ。先に述べた養父市では、兼業をやってもよい、他企業がやるならやってもよいが合わせて2割近くに上る。まず、こうしたところで「兼業都市・養父」を宣言してもらい、世の率先垂範を担ってもらうことを検討してもよいと考える。

6.100万人単位の「二地域居住(兼居)」する兼業者の発生
このように、「同一労働同一賃金」の動きをきっかけとして、企業は「兼業」などの雇用制度の導入へと向かうことが期待される。
そして、兼業を行う人たちにうちの中から、二地域居住に向かう一群が現れてくる。㈱パソナのパソナキャリアカンパニーは、企業の早期退職者向けの再就職支援を行っている。一般的な再就職支援とともに、セカンドライフ支援「独立・社会参加」「海外就職」「田舎暮らし」などの支援を行っている。「田舎で働く」ことを支援する割合は、再就職支援全体の5%程度あるという。
こうしたことから、仮に大都市の男子労働者およそ1,800万人の半分1,000万人が兼業を行うとすると、まずは5%にあたる50万人は田舎で働くことを選択するとみられる。
創生本部が「田舎で働くトライアル」を大いに奨励すれば、5%を10%にまでもっていくことは十分に可能だと考える。筆者が2009年に全国10万人アンケートをしたところ、現在仕事を持っている人を含め社会人全体の30%が「田舎で生業をつくりたい」としているので、次章に述べる「田舎での受け皿づくり」、人口移動の魅力的な“十分条件”の整備を行えば、10%~30%、100~300万人を超える単位で現役の兼業者が田舎に向かうことになるだろう。
地方への移住をいきなり実行に移すことはなかなか難しい。大都市を切り捨てていくにはあまりにリスクが大きいのである。だから、トライアルとしての二地域居住がある。兼業社会が生まれれば、手探りで二地域居住・兼居を開始し試行錯誤して本当に住める田舎を見つけることが可能になる。
だから、地方創生にとって「兼業社会」は必要条件である。兼業社会が生まれれば二地域居住・兼居の社会に一歩近づく。兼業・兼居社会の到来である。

Ⅲ.兼業者100万人単位の受け皿を地方でどう作るか
1.現役のノウハウを地方で活かすネットワークづくり
兼業社会が実現すれば、兼業をする人の5%、50万人は、地方がその受け皿である“十分条件”の整備をしなくても、田舎での兼業を開始するだろう。
問題は、それを10%や20%に高め、数にして100万人、200万人が地方に移動する人口の大逆流をいかにして作るかである。
そのため、大都市での「兼業」の“必要条件”づくりに加えて、地方での「受け皿」の“十分条件”づくりが不可欠となる。大都市の兼業者を吸引する魅力づくりを改めて地方は考えなければならない。いうまでもなく政府は、兼業者が増えるようそして地方への移動が増えるよう多彩なメニューを用意して、そのインセンティブを高める政策を打つ必要がある。
そのひとつが、現役のノウハウを地方で活かすネットワークづくりである。いま働いている企業で培ったノウハウが副業で生かせるなら、兼業を行うとしても3割減った給料をカバーしやすい。あるいはそれ以上の収入が期待できるかもしれない。
地方の企業は人材を求めている。地方には働く場がないので人々は東京に出てくる、それはその通りなのだが、一方、専門的人材は全く足りていない状況が続いている。
兵庫県養父市の企業アンケートによれば、今後事業活動を存続し発展させていくための最大の課題は、「専門的な技術・知識・経験をもった人材の確保」で62%の企業が挙げている。また「一般の従業員の確保」40%、「後継者の確保」25%となっており、人材確保が最重要課題となっている。他の地方でも概ね同じ状況にあるとみられる。
養父市の例では市内企業96社に100人規模の人材ニーズがある。1社1人以上である。地方全体では数十万人規模のニーズが存在すると推定される。
だから地方創生本部は「基本方針2016」で、“企業の地方拠点強化”をあげ、地方企業のプロフェッショナル人材強化の観点から「都市部の大企業等と地域企業の間の、“兼業”促進も含めた多様な形での人事交流の活性化に向け、都市部の大企業等へのアプローチを強化する」としたのだと考える。まさに“true”である。都市部での兼業を進め、地方企業との人事交流を活性化させる、そのことを急ぎ実施しなければならない。
だが、事はうまくいくか分からない。かつて東京商工会議所が“生涯現役”事業として地方の商工会と組んで、リタイア者のノウハウを地方企業に結びつけようとしたことがあった。しかし、これはうまくいかなかったようだ。その理由は判然としないが、おそらく退職者が対象であったためではないかと考え

られる。定年延長の議論が進んで退職者が動くに動けない状態になったことがいけなったのかもしれない。
今般は、現役世代の兼業者が対象になる。現役兼業者のノウハウを地方企業の足らざる人材としてどうマッチングさせるのか。勝負どころである。
まず、現役の兼業者が副業としてノウハウを移転することになるので、司法判断の「同業他社」要件が問題になる。競合する同業他社へのノウハウの移転があれば、企業として到底受け入れられないだろう。しかし、地方の中小企業の同業他社であれば、どうだろう。同じ業界であっても、“同業”と呼ぶにはあまりにも業態や競合エリアが違うのである。ノウハウが生かしやすいのは同じ業界の仕事であるので、副業先が同業であっても地方の中小企業であればそれが可能になるよう、まず副業先の地方企業「同業他社」要件についてしっかり整理することが必要である。
その上で、大都市企業の兼業者と地方企業の求人要件とのマッチングの仕組みを構築する。地方企業が求める専門人材は、製品開発、マーケティング、貿易、会計、その他など多岐にわたるうえ、一般の人材の募集も行っているので、マッチングが的確に行われるような体制づくりをしたい。
人口移動の地方サイドでの“十分条件”を用意するためには、まず、地方の企業の求人情報を網羅的に掘り起こし探索し、地域別に職務や勤務条件などセグメントされた情報を整備することが不可欠である。そのため、地方企業に対して、大都市の企業人が専門性をもって地方企業に顧問やアドバイザーで来ることを、大々的に喧伝し求人情報を掘り起こすことを“急ぎ”始めたい。
その上で、大都市企業に対して、兼業者の地方での副業先を紹介するネットワークを構築する。東京商工会議所と地方の商工会のかつての取組みをもう一度掘り起こし再活用するのも一案だ。ハローワークのネットワーク端末を企業の人事部に設けることも場合によっては検討する必要があろう。NPOふるさと回帰支援センター(有楽町)の各道府県ブースにネットワーク端末を置くことも一手である。さらに、人材紹介企業などがこぞってこの分野に有料仲介事業として参加すれば、地方創生にかかわる新しい産業が生まれることになる。
このようにして、大都市の兼業者は、週1日、隔週2日などを地方の企業のアドバイスにあてその対価をうる。地方での二地域居住・兼居を実践する人が格段に増え、“地方への新しいひとの流れ”をつくることができる。そして、このことが、兼業者をして地域とのつながりを深め、いずれ移住する人が増えることが期待される。

2. 「ふるさと起業」の環境づくり
兼業社会を迎えれば、100万人規模の大都市兼業者が地方に向かう。そのなかで数十万人の人たちはプロフェッショナル人材として、地方企業と雇用関係を結び副業をもつだろう。そして他の数十万人の人たちは、これといった副業先がないまま、ある種の期待を込めて地方での二地域居住・兼居を開始する。
この副業を特定しない人たちは、本業での雇用関係に加え副業でも雇用関係をもつことに煩わしさを覚える人たちである。だが、二地域居住・兼居であるとはいえ、のんびりリフレッシュばかりしてはいられない。何かやることを必ず探す。
その答えのひとつが「生業(なりわい)」づくりである。そんなに大きくなくてもいい、儲からなくてもいい、自由にできる時間を「自己雇用」の機会の開発に向けていくだろう。
都会からの移住者が田舎で起業する例は多数ある。しかし、田舎に行ってすぐにいきなり起業するのは難しく、起業したとしても撤退することが多い。地元地域との関係が不十分なため、さまざまな点で支援が受けられないからである。起業開始は、田舎に行ってから2~3年程度は必要とみられる。
だから、いきなり移住は避けるべきである。こうした点で、兼業者が二地域居住・兼居を行うことは、その場が自分に向いているかどうかをトライアンドエラーできる利点をもつ。
地方は兼業者の二地域居住先としてふさわしいか、トライアンドエラーの試練にさらされることになる。そのため、兼業者が二地域居住しやすい環境を用意し、その獲得競争に勝たなければならない。
とりわけ重要なのは、起業しやすい環境があるかどうかだ。2~3年二地域居住を続けた人は、その地域の実情を十分認識し、自分だったらこれができる、というものを見つける。そのとき、その思いを形にできる支援体制があるかどうかである。
とくに「ふるさと起業誘致条例」があるかどうか。起業までの“準備費用”を地域が面倒みてくれるか。“準備費用”とは、開業までの支援金である。開業時の設備投資などは別途の融資を必要とするが、そこに至るまでのマーケティング、原材料調達など事業計画にかかわる費用や会社設立登記などの準備資金が対象になる。これまでの「企業誘致条例」を個人型の置き換えるのである。(詳しくは、筆者の提言「地方再生・三本の矢」の第二の矢を参照されたい)
地元企業の雇用者にならない兼業の二地域居住者は、「七人の侍」である。都会人の目、現役の企業人の目などから、地域の問題を発見しどう解決したらいいかを探索し、そして自ら率先してそれを実行するだろう。

3.社内失業からの脱却のためのリトリートの場づくり
企業に「兼業」制度を導入してもらうインセンティブをつくるために、地方は、企業の「社内失業への対応の場」を作って人口移動を惹きつける“十分条件”を用意したらたらどうか。
東大の柳川教授によれば、社内失業者はおよそ500万人、雇用者数の10%に及ぶという。早稲田大学の小杉正太郎名誉教授(社会心理学)によれば、企業カウンセリングを通してストレス症でうまく働けない人は平均してそれぞれの企業に8%いるという。筆者がリーマン・ショック1年後に全国10万人アンケートをとったところ、「自分の健康回復のために田舎に行きたい」が13%に及んでいることがわかった。
これらの数字は決して少なくはない。適性に欠けたり、ストレスによってうまく企業内で仕事ができずにいわば戦力外通告を受けているのは10人に1人と数多い。企業にしてみれば解雇もできず大きなロスを生んでいる。
柳川教授は、だから40歳定年で一度人生を見つめ直す時をおくべきだという。筆者は、「兼業」によって、“田舎でのリトリート”を行う仕組みを用意すべきと考える。一時的避難所。小杉名誉教授によれば、企業内で精神的ストレスをもつ人は、一時的にその場から離して回復させることが不可欠であるという。兼業の時間を使って仕事から離れ、田舎で土いじりをして健康を回復するのである。鳥取市に本社をおく㈱LASSICは、東京の大手ITC企業のストレス者を1週間鳥取でカウンセラーつきで土いじりをさせ、その回復に寄与している。
これにならい、大都市の兼業者を誘導し、地方で農業をしてもらう体制を整備する。それぞれの市町村が、特定の企業と向き合って、継続的なリトリートの場を提供するのである。
「企業人のためのリトリート・フィールド」(RFBP;Retreat Field for business person)を全国各地に用意する。このフィールドに企業人が来て土いじりをすることを支援する農業経験者や支援団体も必要だろう。また、1週間程度、多人数が宿泊する場も必要だ。空き家などの活用体制を整える。
こうしたRFBPでの企業人の活動を支援する専門企業の出現が不可欠となる。特定の企業と契約し、ストレス者をRFBPに連れていきカウンセラーの指導のもと農作業を通じて健康回復させる。先のLASSIC社以外に人材派遣業などが専門事業者として多数登録し支援する体制をつくる。ここにひとつの産業が興る。
地方創生は、このRFBPの全国への展開を通じて、大都市企業人の健康回復に寄与することを是非進めてほしい。CCRCも結構だが、RFBPのように“現役”の企業人を地方が支援し、それが縁となってその土地に移住してくることが大いに期待されることにつながるのである。

4.「兼業」と「雇用の調整の場」としての企業の農業参入の場づくり
大都市に兼業者が溢れかえるのに対応し、改めて「企業の農業参入」に対応する“十分条件”を地方につくりたい。
2008年のリーマン・ショックは企業にさまざまな教訓をもたらした。そのひとつが雇用の調整弁・バッファーとしての農業の取込みである。トヨタグループの㈱アイシン東北(岩手県金ヶ崎町)は、不況時の対応として、農業を新規事業に加えた。リーマン・ショック時、開業以来の初めての赤字を回避するため、多くの従業員をリストラした。その半年後の中国特需への対応のため従業員の呼び戻しを行ったが集まらず、多くの機会損失を被った。社長は、「こうしたことを繰り返していては、従業員は育たない」と考え、不況時に従業員を解雇せずに乗り切る方策として農業を新規事業として取り込むことに踏み切った。
折しも2009年に農地法が改正され、リース方式で一般企業が農業に参入することが全面自由化し、リース期間も最長50年に延長された。その結果、法改正後6年間で約5倍のペースで参入が増え、農水省の調べでは2,039の法人が農業に新規参入した。その多くは、食品関連産業、農業・畜産業、建設業など本業の拡大に対応するものが占めるが、一般製造業やIT企業、小売業などの参入もみられるようになった。
製造業やIT企業の農業参入では、企業の“社会貢献事業”として農業に参入している例は多数みられる。特定地域の農業を企業従業員や家族で応援する姿はあちこちでみられるようになった。
とりわけここで強調したいのは、“雇用の調整弁・バッファー”として農業に参入する例が増えてきていることだ。先のアイシン東北にみられるように不況期の解雇を避けるための雇用の調整弁として農業に参入した。またIT企業の㈱つばさ情報(埼玉県深谷市)は、65歳の定年対策や不況の中でも働ける職場を確保することを目的として農業に参入した。ソフト販売を行っている㈱アシスト(東京都千代田区)は、不況時の給料減少に備え社員が自給自足の備えができるように週末農業のための農地賃借料を助成し、難局を一種のワークシェアリングで乗りきる体制を整えている。配電・電気・空調事業を行う㈱九電工(福岡県福岡市)は、社員の余剰を防ぐために農業・一次産業に本格参入し、熊本県天草市でオリーブ栽培とその加工販売事業を開始した。
「同一労働同一賃金」の圧力は、賃金総額の上昇を抑えるため、企業に「兼業」などの雇用制度の改革を促していく。そればかりでなく、さらに、政府が言っているように“非正規”がなくなりすべてが“正規”社員扱いになれば、企業は大きな固定費を抱え込むことになるため、「雇用の調整弁」を用意することが必要不可欠になってくる。これもひとつの雇用制度改革となる。
「雇用の調整弁」に対応するものとして、企業の農業参入を促し、地方創生

に寄与したい。
加えて、兼業者は、3割兼業に相当する時間を使って自ら副業の機会を設けたり、起業の準備をして少なくなった賃金の回復に努める。しかし中には、そのようなことに不得手な人がいるのも事実である。そうした人に向けたオプションのひとつとして、企業が田舎での農業の機会を提供する。
こうした雇用の調整弁、兼業への対応としての企業の農業参入は、企業にとって新規事業でもあるが、より正確にいえば“人事部門の新規事業”である。100年におよぶわが国特有の雇用制度を変革するため、避けては通れない道であると思われる。
「企業の農業回帰アンケート」(2014年、ふるさと総研、JTB総研、日本総研)によれば、http://www.furusatosouken.com/140820nogyo_kaiki.pdf
企業が農業に参加していくに際しての支援策として3つがあげられる。ひとつは、「社会的風土づくり」である。企業の農業回帰は世の中ではあまり一般的でないため、株主への説明のためにも、また従業員が取組みやすくするためにも、社会的風土づくりが必要である。ふたつ目は、「資金的な支援」である。土地の調達や設備投資の資金に加え、慣れない従業員を研修する必要から雇用調整金を使えるようにする。三つ目は、自治体の協力である。農地の仲介などを含め、ノウハウも持たず土地の手当てもままならない一般企業にとって参入する地域の自治体によるサポートが不可欠である。
このような企業の農業参入に対応して、地方は今からその場を用意する準備にとりかかる必要がある。あっ旋する農地、宿泊場所、農業技術支援体制などやるべきことは多い。それぞれの地方は、誘致する企業を探すことを開始されたい。

5.「新型の企業(人)誘致」と「新しい企業(人)城下町」の形成へ
(「1市町村M企業」運動の展開)
このようにして、地方は「新型の企業(人)誘致」と「新しい企業(人)城下町」の形成に向けて地方創生を図りたい。
かつては、企業誘致といえば工場の誘致であったが、「新型の企業(人)誘致」とは“企業人”の誘致である。企業城下町といえば企業や工場のあるまちのことであったが、「新しい企業(人)城下町」とは“企業人”の城下町のことである。
政府は地方創生に向けて、“企業”の地方への移転をオウム返しに言うばかりだが、本質は違う。人、とりわけ現役の“企業人”の地方移転を図ることこそが、今日的な課題である。
ここであえて企業誘致や企業城下町という古臭い言葉を使ったかといえば、企業従業員のためのリトリート・フィールドや雇用調整の場としての企業の農業参入に対応するためには、地方はある特定の企業を対象にして受け皿を用意することが現実的であり、それは必然的にある企業を誘致することになり、その結果ある企業の城下町ができあがるからである。
このことは、企業の専門人材の地方移転においてもある程度想定できる。兼業をする専門人材が全国各地に副業として赴くとはいえ、兼業する人材からみれば、同一企業の先人が赴いた地域の情報を得て、同一の地域に副業をもつことが現実的のように思えるからである。
このようにして、企業の兼業化という“必要条件”が成立すれば、地方は兼業を行う特定企業の“十分条件”を用意する、という相対関係が成立してくるようにみられる。1市町村に特定の複数の企業が誘致されることが考えられるので、「1市町村M企業」という呼び方をすることも可能だろう。こうした運動を全国展開したい。
いずれにしても、地方創生本部は、このことに意を配して地方創生に道筋をつけるべきと考える。

Ⅳ.「兼業」を促進し「二地域居住」に向かわせるインセンティブ
1.「兼業」を生むインセンティブ
「終身雇用・年功序列」というかつて成功した雇用システムを、社会の変化に合わせ「兼業」というシステムに置き換えられるかどうか。一般に、雇用政策にとって“北風政策”は採用できないといわれる。多くの従業員が負担を強いられる政策は成立しにくいからである。
「兼業」は“北風政策”なのか。年配の人たちや定年退職者たちは“北風政策”と言う。給料が減れば、子どもの学費や住宅ローンがままならなくなるからである。“では、あなたのお子さんやお孫さんにとってはどうか”と聞けば、答えはきわめて不明確になる。
問題は、“将来”なのである。非正規雇用をなくすのである。このことが、計り知れない利益を社会全体にもたらしてくれるのであれば、“将来のため”を強調して「兼業」システムを導入するしかあるまい。
昭和女子大の八代尚宏教授は「『同一労働同一賃金』は正社員にも無縁ではない」(DIAMOND online 2016年2月)という。まさにその通りである。だから、いまから“正社員も無縁ではない”ことを政府は喧伝すべきである。身構えてもらいたいし、後世代のためにいい知恵を引き出してほしいのである。定年延長時のように、ダマテンでいきなり制度導入では世の中に変わりようがない。
とはいえ、「兼業」へのインセンティブ政策も欠くことができない。兼業に突入しても十分やっていける、という見通しがないとなかなか兼業には踏み切れない。だから政府は、副業の機会や起業しやすい環境を整備する必要がある。とりわけ、すでに述べたように、地方に行って副業や生業がもてる仕組みが用意されていることをしっかり喧伝する必要がある。
とくに、現役の雇用者にとって、学費と住宅ローンは避けて通れない。いい知恵があるわけではないが、例えば、政府が導入するという「給付型奨学金」の優先利用枠を兼業者に振り向けることを検討してみたらどうだろう。また、住宅ローンの年間返済額を7割にして返済期間を延長するよう金融機関に働きかけることも必要だろう。
さらに、雇用保険の教育訓練給付制度を活用してキャリアアップのための研修に助成することや、雇用調整助成金で教育訓練を受けやすくするなど、兼業時間が有効に使える措置を講ずる。
また、起業の準備に取り掛かれる環境づくりも欠かせない。実際の起業に際しては設備投資資金などの融資体制が結構整ってきていると思われるが、起業に至るまでの活動資金や会社登記などに必要となる資金の助成体制をしっかり準備することが求められる。
2.兼業者を地方に向かわせるインセンティブ
兼業者はその5%は地方に向かう。それを10%、20%に高めるためのインセンティブを用意する。
まず、「第2住民票」の導入を検討したい。兼業者が行う移住とまでいかない半定住、二地域居住・兼居のために、住民基本台帳法を改正し、「第2住民票」を位置づける。これは一定期間、その地域に二地域居住する人を対象に、市町村が発行するもので、この総数が“地方への新しいひとの流れをつくる”ことの成果に結び付く。
この「第2住民票」をもって、住民税の課税方式の変更をし、大都市本居地と二地域居住地間の住民税の案分をする。ふるさと納税がバーチャルな住民税の移転であるとすれば、「第2住民票」による住民税の移転はリアルな移転となり、地方創生に大いに寄与することになる。地方は競ってこの「第2住民票」の発行に走るだろう。重要なことは、二地域居住者は、この住民税の案分により地域での疎外感をなくすことができることだ。ごみを出し道路も使って税金を払わないのは大いに気が引ける。「第2住民票」による住民税の移転はこの問題を解消してくれる。案分は定率方式でもよいし、年間の居住期間を二地域居住者による申告や電気メータによる計測などで捉えることもありうる。
さらに、第2住民票をもつ人に対して、二地域居住間の移動費用に適用する運賃の割引制度の導入を行う。二地域居住を行う人にとって、頻繁な往復移動に伴う交通費が大きなネックとなる。これによる出費で二地域居住をためらわないようにするために、第2住民票の所有者に対して割引定期券を発行するなど鉄道、航空機、高速道路などの運賃割引を運送事業者に働きかける。実施した企業に対して、割引分などを減税の対象にしてその機運を高める。
加えて、第2住民票所有者に対し住まう空き家の賃貸料について助成があってもよい。空き家を賃貸する建物所有者に対しては、固定資産税の非課税や改修資金の所得控除などを行うべきである。
また、すでに述べたが、起業しやすい環境を用意することも忘れてはならない。やるべきことは多々あるということである。


Ⅴ. “地方への新しいひとの流れをつくる” 再考
政府の地方創生の4本柱のひとつ“地方への新しいひとの流れをつくる”は、企業の地方拠点強化、政府関係機関の地方移転、生涯活躍のまち推進の3つで本当に形にできるのだろうか。手の内にある政策だけで、本当に地方創生が進むのだろうか。この提言を書くきっかけになったことである。
思えば、半世紀も前、金の卵ともてはやされた大都市への大きな人口移動があったが、それが逆転しないかぎり地方は元には戻らないと思い続けてきた。そのチャンスが到来した嬉しさがこの提言へとつながっている。
わが国社会の“構造的改革”なくして、“地方への新しいひとの流れをつくる”ことはできないと考える。総力戦をやってほしい。その構造的改革の千歳一遇のチャンスが「同一労働同一賃金」にある。
「地方創生基本方針2016」で“局所的”に示した“兼業化を進めてプロフェッショナル人材を地方に回す”、これはまさに“true”である。しかし見ようによっては、これも所詮、経済財政諮問会議の“兼業・副業”提言のつまみ食いと言われてもしかたがないのではないか。事の本質を見ているとは思えないのである。
兼業が起るのは「同一労働同一賃金」という政府干渉的政策が動くことによってである。この政府干渉的政策を千歳一遇のチャンスと捉え、“悪乗りして”企業を「兼業」へと導くことが地方創生にとって大事なことではないか。
そうした社会の構造改革なくして、地方創生は夢に終わる。このことは政府が行うべき優れた「公助」である。“地方への新しいひとの流れをつくる”といっても、地方はせいぜい見栄えのする受け皿を作ることしかできず、地方単独の力では難しい。その流れの“必要条件”を作ることは、国にしかできないのである。
不退転の「同一労働同一賃金」この千歳一遇のチャンスを捉え、人口移動の大逆流を起こしてほしい。「兼業・兼居」社会を是非かたちにしてほしいと願うばかりである。


posted by jtta at 18:31| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
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