要 旨
1.「食の安全保障」は先進国の重要課題
1-1.稲作農業は衰退産業である
1-2.放置すればコメの輸入は増大する
1-3.主食を担う農業の所得補償は先進国の常識
2.国のとるべき方向
2-1.現状維持の弥縫策は農家と農地を崩壊させる
2-2.長期的展望の大規模農地改革・農業改革が必要
2-3.大潟村の示唆する「地方創生」の道
3.第三の矢で先ずなすべきは「地方創生」と「農業改革」
3-1.「地方創生」と「農業改革」は同義語
3-2.農業特区の設定と農業コンプレックスの構築
3-3.農業コンプレックスに必要な規模と経常費用
3-4.ボランティアの活用と支援
参考文献
付 記:稲作農業成長の可能性
参考資料:農業の6次産業化、2次産業化
要 旨
稲作農業は、2次産業、3次産業に比して生産性の大幅な上昇が望めない劣後産業であり、現在はコメ余りの状態にあるが、放置すれば生産に携わる農家がなくなり、いずれ「食の安全保障」が危うくなる。先進国においてはいずれの国においても状況は同じで、農業所得に対しては大規模な補償を行っている。
国は「食の安全保障」を守るために、彌縫的な対策をやめて、長期的展望に基づいた大規模農
地改革・農業改革を行うことが必要である。弥縫的方策では短期的には繕えるが、長期的には不可能である。
「食の安全保障」という認識欠如のため大規模改革が埒外に置かれているとすれば、必ず将来に禍根を残す。
一方、人口の減少に伴う限界部落を救済するために、「地方創生」が大きな課題になっているが、
創生すべき所は農山村であり、「地方創生」と「農業改革」は同義語である。
現在進められている農協改革を意義あるものにするためにも、第二、第三の大潟村を各地に整
備して、稲作農業と他の付加価値の高い農産品とを組み合わせた農業、「農業コンプレックス」の構築を支援すべきである。このような取り組みの中で、農業全体としても成長産業になることが期待できる。農業は共稼ぎ、子供の養育にも適しているので、人口増にもつながる。
1.「食の安全保障」は先進国の重要課題
アベノミクスでは、農業を成長産業にすることが1つの課題になっている。この際留意すべきは、「稲作農業」と「野菜、果実等他の農業分野」とを分けて考える必要があることだ。後者には大きな成長が期待できるが、稲作農業は産業の生産性理論から見て劣後産業である。後述するように、規制緩和を行って大規模化し、コストダウンを図っても成長産業たり得ない。現在はコメ余り状態にあるが、放置すれば小規模農家は崩壊し、大規模法人企業の参入も、リスクの大きいこの分野へは望めないので、いずれ「食の安全保障」が脅かされる可能性があり、何らかの抜本策が必要になる。日本ではコメであるが、主食を担う小麦のような農業分野では「食の安全保障」の対象としていずれの先進国においても重要課題として取り組まれているのである。
この「食の安全保障」と現在最大の課題の1つになっている「地方創生」を共通課題として取り組むべきである。
1-1.稲作農業は衰退産業である
周知のように、あらゆる産業において、大規模化、労働集約、機械化等1人当たり物量生産の増加と価格の低減を図る「生産革命」は重要な要素であるが、技術集約、情報集約(ブランド化)等による生産品の単価上昇すなわち「製品革命」が行わなければ、いずれの国においても、経済が成熟化すると劣後産業として衰退して行く。
わが国でも、紡績業、製紙業等の素材産業は、劣後産業であったが故に、衰退の道を辿ったことは周知の事実である。これは、産業の高付加価値化(=生産性向上)に限界が生ずると、人件費の低廉な途上国からの輸入が増加し、また国内では、高付加価値産業への労働力移動が起こるからである。
翻って稲作農業を見るに、昭和40年代に、八郎潟の干拓事業を通じて厳選された有能な農業者が参入し、大規模な「生産革命」を狙ったが、コメ余り現象に直面し、中途半端な状態で目的を中断せざるを得なかった。そのために、現在でもコストダウン等、「生産革命」の余地は残っている。しかしこの経験を通じて、以下に示すように稲作農業が「生産革命」になじまない要素が強い産業であることが分かった。(参考文献1)
① 耕作、田植え、稲刈りなどの時期は適正期が短く、農機の稼働率が年間3週間程度と極め
て短いこと。
② 1枚の水田が広いほど機械効率は上がるが、水田は水位を保つために水平にすることが必
要であり、1枚当たりの広さには限界があること。
③ 単位面積当たりの収穫率(単収)は、天候、地形等に依存する割合が高く、ほぼ限界に来て
いること。
稲作農業は「生産革命」においてこのように、従来衰退した他産業に比して劣る点こそあれ、特に優位な点は認められない。一方、平成22年の農林水産統計によれば、ブランド米の平均価格は標準米の2~3割高であるが、この程度の価格差では、量産品としての役割を果たすべきコメの質、機能等を高度化してその価格を上げることが難しい産業でもある。要するに単価が上げられない。稲作農業が劣後産業だと言わざるを得ない所以である。
さらに付言すれば、大潟村は現在でも大規模経営を行い、経営管理も行き届いているが、所得補償がなければ、増田レポートに言うような豊かな地域ではない。
すなわち、大潟村においては2.5人~3人が専業する農家の平成24年の年間所得を見ると、1,630万円余(540万円/人~650万円/人)で、サラリーマンの1人当たり年間平均所得440万円(平成20年~24年)より多いが、国から給付される制度交付金640万円余を差し引くと986万円(330万円/人~394万円/人)となり、サラリーマンの年収より低い。(参考文献1)
1-2.放置すればコメの輸入は増大する
周知のように、わが国の主食用コメは短粒種で、世界で生産するコメの8割は長粒種である。しかし、日本がコメの輸出対象国になれば、東南アジアの国々は、それに合わせた短粒種を生産するようになる。現に日本の企業がタイで、大潟村の3/4の広さに相当する8千haの圃場でコシヒカリを生産し、日本への輸出を企図している。(参考文献4)
一方、今回のTPP交渉でアメリカのコメの輸入が増大すると、年間100万トンを超える可能性もあり、(日本の年間生産量約800万トン)軍事力に加えて「食の安全保障」の部分でもアメリカにバーゲニングパワーを握られる怖れがある。現在アメリカのコメは主として加工用食品の原料に供されているが、カリフォルニアの短粒種の味覚は、十分日本人の要求を満たすもので、主食用に転換される可能性も十分あり得る。農水省の推計によれば、アメリカ産のコメの価格は日本価格の1/4だと見ている。安いコメが入り、日本の農家を潰してさらに輸入量が増える悪循環を断ち切るため、アメリカ同様、国内補償がWTOに抵触しないことに便乗して、日本の稲作農家に対するアメリカ以上の財政負担を極力推進すべきである。
1-3.主食を担う農業の所得補償は先進国の常識
生産性という観点からすると、主食の原料を大量に生産する農業は、いずれの先進国においても劣後産業である。「食の安全保障」のためには、農業に対して何らかの保護政策を執ることによって、存続に努めるのが世界の趨勢である。
(参考文献2)
農産品の大量輸出国であるアメリカも、ブッシュ大統領の次の発言がそれを裏付けている。
「It’s a national security interests to be self-sufficient in food. It’s a luxury that you’ve always taken for granted here in this country. Can you imagine a country that was unable to grow enough food to feed the people? It would be a nation that would be subject to international pressure. It would be a nation at risk.
(参考文献2)
少し旧聞ではあるが、その考え方は基本的に変わらず、アメリカでは国が農業所得に対して、小麦:62.4%、トウモロコシ:44.1%、大豆:47.9%、コメ:58.2%の財政負担(直接支払)をしている。アメリカは、「食の安全保障」という名目で国が支援を行い、余剰農産品を外国に押し付けているのである。TTP交渉を見れば分かる。
フランス、イギリス、スイスなど多くのヨーロッパの国々でも、農業所得の90%以上が財政負担で賄われている。これは、これらの国が食の安全保障に鑑みて行っている国策である。(参考文献4)
2.国のとるべき方向
国は、稲作農業に対していかなる対策を執るべきか?選択肢は2つある。1つは、戸別所得補償のような弥縫策を今後も続けること。他の1つは、抜本策を講じることである。
2-1.現状維持の弥縫策は、農地と農家を崩壊させる
戸別所得補償のような弥縫策を執るにしても、稲作の現状を見ると、1ha以下の小規模農家が7割強、これらのすべてが農業所得は赤字で、国家にとって大きな負担になっている。中でも高齢者(65歳以上が41%、70歳以上が31%)・兼業農家が年々増加、耕作放棄地の増加、減反政策、畑作への転作等々実態を把握することすら困難な状況にあり、長期的な施策は不可能に近い。(参考文献5)しかも、一旦稲作を止めた圃場の再整備は極めて困難である。農協改革を行った結果がジリ貧農業になったのでは、大きな攻めを負わねばならない。
コメ余りを好機として、農地が完全に崩壊する前に、規模の効果の追求を実行し、農協改革、農地再編、農業改革を併せて行うべきである。
2-2.長期的展望の大規模農地改革・農業改革が必要
国はすでに2005年には稲作農業の大規模化と所得面での向上を企図した長期計画を立てている。またアベノミクスの成長戦略の1つとしても、「農地集積バンク構想」による規模の効果の追求、「農業、農村全体の所得:今後10年で倍増」を目指している。農協改革を有効にするためにもこの計画を「食の安全保障」を明確な目標として実行に移すべきである。
先にも述べたように、稲作農業は大規模化しても劣後産業としての宿命は逃れられない。しかし大規模化すれば、国全体としては、現在より大幅なコストダウンは期待できる。また「食の安全保障」のためにも、計画的な生産体制を構築すべきである。かつて増産のために八郎潟を干拓し、コメ余りの為に転作を余儀なくされ、その後の冷害に際しては一転緊急輸入を行ったコメ政策の誤謬を再度犯さないためにも・・。
2-3.大潟村の示唆する「地方創生」の道
ところで大潟村はなぜ増田レポートで反消滅型のモデル地域、「地方創生」のモデル地区になったのか?先にも述べたように、いずれの農家も大規模稲作経営を行っているが、国の補償がなければ決して豊かな地域ではない。しかし、地方創生のモデル地区として目標にすべき点を多く持っているからだと推察される。大潟村はその方向を示唆してくれているのである。
増田レポートでも触れているが、消滅村落の逆の意味で注目を浴びている大潟村は、消滅とは逆の傾向を示す、20才~39才の女性転入者数、出生率の高い地域を評価したベスト10で2位の地位にある。その理由として、豊かな農村生活が挙げられている。(参考文献6)
具体的に言うと、農家一戸の平均年収が1,600万円で、機械化によりかつての過酷な稲作労働もなく、ビニールハウスなどでの野菜・果実つくりなど農業に憧れて来る嫁入り女性の数が増えたものと推測されている。
さらに付言すれば、当地では、基盤事業としての食用米(コマチ、標準米)以外に加工用米(醸造用、もち米)、大豆、野菜等も作っており、加工用米の収益が最も良い。また加工用米、野菜類は、植える前から量、金額の売買契約を行っており、極めて安定した収入源になっている。さらに、工場化農業を視野に入れたハウス栽培、6次産業化等々農業コンプレックスの構築に向けた計画「チャレンジプラン」を策定している。(参考文献7)
【農業コンプレックス】
売り上げを確保する基盤事業、収益を狙った高付加価値事業、新製品開発事業等事業内容を多様化した農業事業の複合体
基盤事業の稲作は農繁期が限定的で機械化に助けられて軽労働である。高付加価値事業分野、新規開発事業分野は決して軽労働ではないが夢がある。男女を問わず若者が農業に参加するのは、他の地域の例は知らないが、大潟村の場合この夢の部分だと推察される。大潟村が増田レポートの模範地区になる所以である。
3.第三の矢でまずなすべきは「地方創生」と「農業改革」
地方創生策としては、農業改革以外にも本社機能、工場、IT産業の誘致等々地方の主体性に任せた提案を待つ姿がある。しかし、中小企業の優れた技術は地方に広く存在するものではない。また無から有を生み出すには多大なエネルギーが必要である。国が選択すべき方向は、まず日本の存立基盤をなす「食の安全保障」ではないか。しかも、「地方創生」と「農業改革」は同義語とすら言える。農業には地方に伝統的な技術と蓄積があり、農業が豊かな地場産業となれば、地方は自ずと豊かになる。若者も集まる。
3-1.「地方創生」と「農業改革」は同義語
日本では、山岳地帯が国土の約70%、農地が約12%を占める。すなわち可住地域の40%が農村であり、しかもこの農村地帯こそが消滅候補地域そのものなのである。アベノミクスが農業成長戦略を画するのもむべなるかなである。しかし、高成長が望める分野にのみ力点を置いて、稲作農業を放置すると、「食の安全保障」がないがしろになる。また、農村にとってもリスクが大きく、経営が不安定にもなる。先にも述べたように「農業コンプレックス」を構築して初めて「食の安全保障」と「地方創生」の両立が達成できるのである。まさに、「地方創生」と「農業改革」は同義語なのである。
3-2.農業特区の設定と「農業コンプレックス」の構築
農業成長戦略としては、国は農業特区を設定し、規制緩和、法人農業の参入等を通じて圃場の大規模化を図り、農業コンプレックス事業を地方創生の目的として財政支援を行う。農業コンプレックスは「食の安全保障」を担保、さらに若者の夢を満たし、高付加価値農業にもつながる。その後特区を拡大し、人口1億人に見合う500億トンのコメを確保すればよい。
もちろん、ハウス農業→工場農業化、6次産業農業などの高付加価値農業のみを目指すもよいが、稲作のような基盤事業を含む方が、事業として安定し人口の扶養能力も増える。さらに忘れてならないことは、農業は観光資源、環境保全にも大きく資することである。
3-3.「農業コンプレックス」に必要な規模と経常費用
「農地改革」「圃場整備」のためには多大な費用を必要としよう。これは、国が先に立案した「農地集積バンク構想」で目論見がある筈である。一方、具体的に第2、第3の大潟村を構築するために、その規模と年間の経常費用を推計すると次のようになる。
先ず将来の人口1億人を想定したとき、現在のコメの消費量年平均50kg/人から、500万トンのコメが必要になる。大潟村の稲作農地面積は約12,800haで、1ha当たりの収量は平均6.3トンであるから、500万トンのコメを生産するには、単純計算で大潟村60個分の圃場が必要となる。現実には、ミニ大潟村を各地に順次作ることになろう。1枚の圃場が1ha以上の広さがあり、それらが何枚も集中する場所を確保し、しかも水平であることが望ましい。
一方、大潟村に設定したモデル経営体は、年生産量110トンで、650万円の制度交付金を受けているので、500万トン生産するためには、単純比例計算すると、国全体で約3千億円の交付金が必要となる。これは地方創生費として計上するとして、現在農業者に年間直接支払う戸別所得補償の金額1兆418億円に比べれば4分の1以下である。
3-4.ボランティアの有効活用と支援
周知のようにわが国のボランティア活動は、阪神淡路地震に端を発する。その後マネージメント
力、参加者の対応力も高まり、行動規範が公正、公平の公的機関、利益指向の企業とは異なる
第三の主体として機能を発揮し始めている。したがって、「地方創生」、「農業改革」のような、目標
が明確に定まらない活動に対しては、有効に機能することが期待できる。
また最近の世論調査などを見ると、学生を含む若者のボランティア志向が強く、農業に対する関
心も高い。この風潮を生かし、具体的に若者の参加を求めることが必要である。
受け入れ体制は地方が担うとして、国は、全国規模で「地方創生」、「農業改革」、「ボランティ
ア活動の内容と意義」に関する大キャンペーンを行い、資金的にも地方を支援する必要がある。
ボランティア活動の内容は、観光農園の創出・運用、新しい観光機能の創出、農業に関する学習・教育・研修等々の機能を持ったセンターの運用などなど・・・。さらに医療・福祉・保育等々に広がってもよい。要するに農業を出発点として地方創生につながることならすべて実行してしまうボランティア活動である。呼称は何でもよい。年齢も敢えて制限しない。来る者は拒まずである。
参考文献
1:八郎潟中央干拓地入植農家経営調査報告書(平成24年度)
大潟村、大潟村農業協同組合
2:田中八策 岡本重明 光文社
3:食糧安全保障の確立に向けて 東京大学教授 鈴木宣弘
4:「よくわかるTPP48のまちがい」 鈴木宣弘、木下順子 農山漁村文化協会
5:農林センサス(2010)
6:増田寛也 編著「地方消滅」中公新書
7:大潟村農業チャレンジプラン 大潟村産業建設課
付 記
稲作農業成長の可能性
日本のブランド米は、東南アジアの富裕層に人気があり、小売価格は日本の2倍以上になって
いる。量、金額的に見ると、輸出量の合計は2009年に1,312トン、5億5千万円で、2014年には3
倍を超えている。しかしこれらの国の経済的中間層に大きく普及する状況は想像しがたい。(参考
文献1)
一方、6次産業化がうまく展開され、最も川上のコメ農業においてもフランス、イタリアの羊毛紡績
(別添参考資料参照)のような付加価値が取れ、しかも量的に伸びれば、成長産業たり得る可能性
はある。
参考文献1:貿易統計(援助用は除く)
参考資料:農業の2次・6次産業化と問題点
1.農業の6次産業化
農業の6次産業化とは、和食の世界的受容性の高まりを受けて、1次産業の農家が
農業(1次産業)、加工(2次産業)、小売り・和食の提供(3次産業)の複数の分野、も
しくはすべてに関わろうというものである。 この6次産業化については、世界の羊毛
紡績業界においてその例がある。
かつて日本の羊毛紡績業界は、産業としての行く末を見極めるため、イギリス、ドイ
ツ、フランス、イタリアの実態調査を行ったことがある。
イギリスでは、羊毛紡績はすでに衰退期にあったし、ドイツも衰退の兆しが見えてい
た。しかるに、フランス、イタリアではその兆候がない。何故かというのである。実態は、
以下の通りであった。
フランス、イタリアでは、超一流のファッションデザイナーを抱える企業(3次産業)が、
川上の糸の種類(羊毛、絹、木綿等)、糸を紡ぐ紡績、織布、染色、加工等すべてを
最終製品に合わせて企画、デザインし、作業を指示する。そのようにして完成された
ファッション製品から得られる高い付加価値を、川上企業に再配分する。その結果、フ
ランス、イタリアでは、川上業者も高い利益を得て、産業としての衰退を免れた。それ
に反してイギリス、ドイツ(ドイツは2次産業化までは行った)では、そのような6次産業
化を行わなかったので、経済が成熟化する中で、劣位産業の羊毛産業は衰退の方向
を辿った。
フランス、イタリアの例は、川下が後方統合を行って全体の価値を高めたもので、換
言すれば川下がいわゆる川上のバリューチェーンを統合した成功例である。
重要なことは、農業6次産業化の主体は、川下の和食を直接客に提供するサービス
業にあるとの認識を持つことである。その企画に沿って、高付加価値の和食が提供さ
れ、高い付加価値が農家にも再配分されるとき、6次産業化は成功するであろう。川
下企業と川中・川上企業との間には、1次的、単発的取引だけの関係ではなく、特定
のコーディネーターの下に、契約関係に基づく一体化がなされていることが必要であ
る。
すなわち、農業が成長産業なのではなく、高級な和食産業が成長分野なのであり、
6次産業が成長分野なのである。
周知のようにフランスでは、ファッションの世界だけではなく、食の世界でもフランス料理は中華料理と並んで著名である。残念ながら、フランス料理の世界で6次産業化が行われているか否かを知る情報は持ち合わせていないが、料理提供業者に対するミシュランの評価システムは、一つの下支えになっているものと思われる。
このようなフランスの動きを見るとき、ファッション製品にしても、フランス料理にしても、国としての文化をパッケージ化して売りこんでいる様子があることに気が付く。
ならば、和食の売り込みも、食の提供者である料亭等の調度品、調理器具、食器等々、また「茶の文化」なども含めて、あらゆる関連商品・サービスを日本文化のパッケージとして売り込む仕組み、方式が存在するのではないか。
さらに敷衍すれば、和食、和風ファッション、遺跡、文化遺産、自然環境等々あらゆる日本文化を組み込んだ日本観光をコーディネートすべきではないか。
フランスの観光客の年間導入数は国民の数(約6,400万人)より多い。日本は昨年1千万人を超えたところで、今年は2千万にしたいという。彼我の差は極めて大きい。
問題は、誰が主導権をとってコーディネートするかにあり、最終的には、得られた付加価値を川上産業に如何に再配分するかにある。要は、川上産業から川下産業まで1つのパッケージ型産業になっていることが必要だと考える。
ミシュランのレストラン評価システムのような仕組みを作るコーディネーター役が必要である。
2.農業の2次産業化
農業生産を工場で行う動きが加速している。農林水産省、経済産業省でも、植物工場と称し、次のように定義している。
植物工場は、施設内で植物の生育環境(光、温度、湿度、二酸化炭素濃度、養分、水分等)を制御して、栽培を行う施設園芸の内、環境及び生育のモニタリングを基礎として、高度な環境制御と生育予測を行うことにより、野菜等の植物の周年・計画生産が可能な栽培施設であること。
植物工場は、2009年に約50カ所であったものが、2012年には127カ所に増えている。
農業技術と制御技術が融合したこのような農産物の生産過程は、最早1次産業とは言えず、その生産過程を見る限り2次産業である。
農業が2次産業化することは、生産性の向上を可能にして成長産業たり得る1つの方向である。すなわち、以下に示す4点のメリットがあるからである。
1 気候変動の影響を受けない
2 病原菌防止、害虫駆除に農薬を使わない
3 地域の気候に無関係
4 養液栽培を行うので連作や短期間での養育が可能
現状を見ると、これらの露地栽培品に対するメリットを武器に、ほうれん草、レタス、ト
マト等々の生産物を、高額品はデパートに、また普及品はコンビニ、スーパー、加工業務用に納品し、それなりの成果を上げている。
一方、長期的に見るといくつかの不安要因がある。
最大の課題は、初期投資が大きいこと。小規模で数千万円、平均規模で1億円以上、大規模化すればさらに大きくなる。事業での先行きが十分見通せない領域での初期投資の大きさは、参入者に体力を求める。
次いでの不安要因は、事業そのものの成長性である。
原則論を言うと、あらゆる産業について、日本のように経済が成熟した国において今後も経済成長が続くとすると、成長分野として残るためには、製品の機能、品質を向上させて価格を上げてもユーザーが受け入れてくれることが必要条件となる。低機能、低品質の普及品は、後発国の輸入品で賄われるからである。同様のことは、2次産業化した農業についても言える。
さらに産業間の競争も考慮に入れねばならない。2次産業、3次産業を含めて、他業種間であっても、1人当たり生産性の低い業種は、長期的に見て他業種への労働力移動を考えねばならない。特に工場農業の現場は人手が多くかかっているので、省力化が大きな課題になる。
このような状況を背景にして、多額な投資に見合った価格設定がユーザーに受け容れられるものになるだろうか。
以上のことを前提とすると、採るべき方策は以下の3つに集約される。
① 6次産業化に組み込まれる。
② ブランド化して、国内、海外の富裕層をターゲットにする。
③ 2次産業の中で、パッケージ型産業になる。
① の6次産業化については、すでに述べたとおりである。
② については、さくらんぼ、いちご等の果物に高級ブランドで海外の富裕層に輸出している例があるようだが、今後さらに拡販を狙うなら、①、③型のパッケージ型産業の方向を志向すべきだと考える。
③ については、オランダの花卉が成功例としてあげられる。
オランダの花卉産業は、その生産額、輸出額において、狭い国土にもかかわらず、世界のトップクラスである。その現状と成功要因は、下記の報告書に詳細に記述されている。
*オランダ花卉輸出戦略調査:農林水産省:平成21年3月
*オランダの花卉産業レポート「プロモーションの仕組とその背景」
日本花き普及センター:本田繁:平成21年5月
成功の要諦は、農業力(花卉栽培ノウハウ)、研究力、制御技術力、販促力、輸送力、流通ノウハウ等々あらゆる機能を統合化、パッケージ化しているところにある。その組織力が強い。
日本の工場農業はまだ日が浅く、工業化したという段階に過ぎず、農業技術と制御技術が合体したところであり、栽培ノウハウ(例えば光線の角度で収穫期を制御するなど)を練磨することから出発して、パッケージ化された新しい産業の形を構築していくことが肝要である。